朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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一家団欒

「家族団欒」という言葉を聞くと思いだす光景があります。

私の家族団欒は、家族そろってテーブルを囲んでいる場面ではありません。
小さい弟を手押しのサークルがついた三輪車に乗せてそれを父が押し、私の手を母が引いて家族4人で散歩をしている場面なんです。

同級会の会場のホテルは、私が住んでいた国鉄バスの官舎から徒歩5分ぐらいのところにありました。

朝ごはんを少し早く食べて、住んでいた所まで散歩することにしました。

子供のころはもっと広い道路のような気がしていたのに、今見ると車がすれ違うのがやっとの狭さです。子供の目には広い道路に見えていたのでしょう。ガリバーになった気分です。

道路から少し低いところにあったはずの官舎はすでになくて、盛り土されて道路と同じ高さになっていて、そこにはアパートが建っていました。

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5軒あった官舎のうち1軒がまだ残っていて誰かが今でも住んでいる様子でした。

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父が勤めていた国鉄バスの営業所は面影もなく、かろうじて倉庫が昔のままに残っていました。

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そこから、惣畑というところを通って、家族4人で散歩した鼠入り川のほとりを歩きました。

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あの時、母は体調を崩し長いこと伏せっていて、あの朗らかな人があまり笑わなくなってしまったのです。

仕事人間で、朝は早く出勤し、残業でなかなか帰ってこなかった父。日曜日さえ仕事に出かけるような父だったのに、その時は時々早く帰ってきました。

そして母を誘って弟を三輪車に載せて散歩に出かけたものです。

父はとても歌がうまかったので、歩きながら「南部牛追い歌」や「沢内甚句」などを歌ってくれました。時には両親と私と3人で「里の秋」や「ふるさと」などを合唱したりもしました。

あまり家に居ることが無かった父と一緒に歩くのが嬉しくて散歩するのがとても楽しみだったのです。そして母が元のように笑顔になったのもすごく嬉しかったのです。

そういえば、鼠入り川(そいりがわ)とうまく言えない弟は
「そうれんがわ」って言っていたっけ。弟も可愛かった。

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鼠入り川のほとりを歩きながら、不意に熱いものがこみあげ、父の歌声、母の笑顔がなつかしく思い出されました。

両親にとっても、私にとっても、岩泉での家族団欒の生活は、人生の中で一番楽しかった時期かもしれません。

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by asahikanokami | 2009-09-26 22:07 | 私のこと
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