朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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トイレの謎

昭和23年のちょうど今頃だと思います。
両親はそれまで住んでいた黒沢尻町(現北上市)から岩泉町へ引っ越してきました。

最初住んだのは岩泉の町はずれ、尼額というところ。地元の人たちは「あまびたい」と言わず「あまぶでぇ」と言います。

官舎が出来上がっていなかったので、尼額の農家の離れを借りての仮住まい生活でした。

まず最初に驚いたのが水道が無いこと、電気が無いこと、お店が無いこと。飲み水は井戸から、そして洗い物、洋服でも食器でも食材でも近くの川でした。買い物はバスで町まで行って買い出しです。

トイレはもちろん水洗などというものはなく、ポットントイレで庭に別にありました。

両親はそのトイレで不思議なものを見たそうです。

木の箱に川砂が入っていて、その砂に竹でできたへらのようなものが刺さっているのです。さらにトイレの壁には結び目のある縄がぶら下がっています。

毎日、あれはなんだろうと不思議に思っていて、ある日、大家さんに尋ねました。

「あれは何に使うのでしょうか?」

すると大家さんのほうが、それを知らないことにびっくりして
「奥さんは用が済んだ後に、何を使うんでござんすべぇ(何を使うんですか)」
って聞かれたそうな。

なんと、ヘラと縄はトイレットペーパーだった!!

使用後は川に行って洗ってまた使用するという、誠にエコな(?)物だったのです。

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郷に入っては郷に従えと言いますが、さすがに両親は使えなかったそうです。新聞紙を切ったものを使っていたら
「そんな物でよく手に付かないごど(手に付かないものですねぇ)」
と反対に驚かれたらしいです。

お風呂もなくて、町の銭湯に行くか、行水するかでした。そこで父がドラム缶を持ち込んで五右衛門風呂を作りました。

ドラム缶のお風呂、。庭でしかも脱衣所もなく、シーツなどで目隠しをしただけなのに、近所に住んでいる娘さんたちにとても喜ばれたとか。

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終戦後まもなくのことで、日本中が何もなかった時代とはいえ、あまりのへき地に母は3日で帰りたいと泣いて父を困らせました。

その岩泉も13年も住むと日本の中で一番良いところになるから不思議です。住めば都と言いますが、岩泉の人たちは温かくて本当に良いところでした。

by asahikanokami | 2009-09-30 22:23 | 私のこと | Comments(0)
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