元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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津波騒動

皆様、28日の津波のご心配をいただきましてありがとうございました。

三陸海岸や仙台湾では漁業施設に甚大な被害が出ました。自然災害とはいえ、この不況の時節に、施設の修理や漁業収穫減で、被害にあわれた方は大変です。心からお見舞い申し上げます。

このあたりはおかげさまで何事もなく済みました。
津波警報が出されてからずっとテレビをつけっぱなしにして仕事をしていました。

11時半からご法事のお客様の予約が入っていたのですが、前日に和尚様が急用が出たのでお膳は一つ持ち帰りにしてくれと連絡がありました。

そしたらなんと10時半にお客様がぞろぞろ。ええっ~~~、まだ準備中なのに・・・・。和尚様のご都合で1時間早くご法事が始まったのだとか。お膳の事だけ連絡が来て、時間が早まったことを我が家に伝えるのを忘れていたらしいのです。

もうそこからは大慌て。落ちつけ、落ちつけ。頭の中で仕事の段取りを再確認して、無我夢中で仕事をして、なんとかお待たせすることなくお料理を出すことができました。

その大忙しの最中、地元消防団の方が避難指示にやってきました。

「津波警報が出て大きな津波が来ると予想されるから、避難指示が出されました。改善センターに避難してください」
「今、ご法事の最中で・・・・お客様を置いて逃げるわけには・・・」
「津波到着は14時ごろとの予想です。大急ぎで全員避難してください」
「もし津波が来たら3階に避難しますから」
「それでも・・・たぶん危険だと思いますから、ぜひ避難してください」

消防団の方は、熱心に津波がいかに怖いかを説明して帰られました。何でも一人暮らしの高齢者は、すでに避難済みだと言います。寝たきりに方は救急車で特別養老ホームに運んだのだとか。

のんきに構えていた私にも不安が・・・・。お客様に避難の事を伝えたら
「津波が来るのは14時頃だべ。大丈夫。その前に法事を終えて逃げるから」

で、お客様は13時頃に逃げて行きました。もとい!お帰りになりました。皆さん、すぐに避難したみたいです。1時間早く始まったことが幸いしました。とりあえず、津波が来る前にご法事は終わりました。

さて!その後どうするか?じつは夜にも宴会の予約が入っているのです。お膳を片づけて、宴会のお膳をまた用意しなければなりません。

津波到着予定時間。ドキドキしながらお膳を片づけていました。外ではパトカーが通るし、消防車が見回っているし、広報車が避難を告げて走り回っているし、空では取材でしょうか、監視でしょうか、ヘリコプターが飛んでいます。

すると電話が来ました。
「朝日館!!津波に流されてないか~~~??」
今夜の宴会のお客様からでした。
「おら方は(宮城県のお客様でした)大津波警報だども、新地は福島県だから大丈夫だべ(でしょう)?」

そうなんです。宮城県には大津波警報が出ているのに、福島県は津波警報だったのです。我が家から車で数分で県境です。すぐそこから宮城県です。

「津波によ~~く言い聞かせておくから。ここからは福島県だからって」

「ほだが(そうですか)ほんでは(それなら)今晩、予定通りに行くから。他の日は皆の都合が悪くて、今日しかないんだ」

そして、津波の第二波が来たときに宴会が始りました。津波は漁港の岸壁が少々波をかぶったぐらいで済みました。ほっ!

21時30分。無事に宴会も終了。
「さ~て!飲むだけ飲んだから帰るとするか。第三波が来て朝日館が流されても、後は知らねぇ~~~」

大騒ぎしたのに何事もなくて本当に安心しました。大山鳴動して鼠一匹。

でも、近い将来、高い確率で起きると予想されている仙台沖地震。その時の予行練習ができたと思います。避難場所の確認や、避難する時の心構えなど。

もし津波が来たら、やはり逃げるのが一番です。ご近所は皆さん避難して真っ暗で、まるでゴーストタウンのようでした。
その中、一軒だけ灯りを付けて宴会をしていた我が家。ちょっと申し訳なかったと思っています。

by asahikanokami | 2010-03-02 23:45 | 我が家のお客様
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