朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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窓ぎわのみっこちゃん

小学校の同級生のあっつぁんがときどきコメントをくださいます。それを読んでいると、一気に懐かしい岩泉の風景が目に浮かび、忘れていた子供の頃の思い出がよみがえります。

子供のころ住んでいたのは岩手県岩泉町の国鉄バスの官舎。官舎は同じ敷地内に5軒ありました。それぞれに子供が数名づついて、大きい子も小さい子も一緒になって遊んだものです。

官舎の子供たちの中で一番小さかった私。他の子供たちが学校から帰ってくるまでは一人でした。お兄ちゃん、お姉ちゃんが帰って来るのが待ち遠しく、いつも官舎の入り口にある坂のところで帰ってくるのを待っていました。

でも帰ってきてもすぐには遊んでもらえません。宿題が終わらないうちはだめなんです。官舎ということもあり、どこのお家でもお互いに競争するかのように、子供たちに勉強させていました。

小学生たちが宿題をする隣に座って待っているもは退屈です。

なにせ「聞きたがりのみっこちゃん」と呼ばれるぐらい好奇心旺盛な私。
「その字は何て読むの?」
「4と2をたすってなに?」
と、そばで質問攻めにするのでずいぶんと迷惑がられ、かつ、うるさがられたようです。

でもおかげで小学校に入学前に、ひらがなやカタカナはすべて覚え、簡単な計算もでき、九九までも覚えてしまいました。まさに門前の小僧、習わぬ経を読むです。

昔は文字は学校で教えてもらうものだったので、入学前にひらがなが読める子は少なかったのです。カタカナや簡単な漢字が読める子は皆無でした。

さて入学してみたら、先生が教えてくれることはすべて知っていることばかりでした。

先生が黒板にひらがなを書き始めるといち早く大きな声で
「はな!」
と私が読んでしまうので、他の子供たちが考える時間が無く、字を覚えられません。担任の愛子先生も困ってしまいました。

「美保子ちゃんは黒板を見ないで、窓のところで外を見ていなさい」

私は窓のところにいすを置かれて一日中外を見ているようになりました。

でもつまんないんですよね。誰もいない校庭って。すぐに飽きてしまいます。

それで飛んでいるツバメやチョウチョに話しかけました。
「どこから来たの?どこに行くの?何しているの?」

今度はその声がうるさいと叱られて、一人校庭で遊んでいるようにと言われ、一人外に出されてしまいました。

たまたま母が校庭のそばを通って、一人でブランコで遊んでいる私を見つけて驚きました。

教室に連れて行ったら、愛子先生に授業の邪魔で困っているといわれて、母も困ったらしい。

テストもあっという間に書き終わって、他の子に
「ここは7だよ。これ間違ってる。9だよ」
と教えて歩き、先生はほんとに困ったらしいです。私がおせっかいなのは小さいときからだったのね。

いつもテスト用紙を3枚ぐらい渡されていましたがそれでも1枚書く子よりも早く書き終えていました。

しまいには1年生なのに2年生のテスト用紙を渡されたりしました。

黒柳徹子さんの「窓ぎわのとっとちゃん」の本を読んだ時に、私と似ていて思わず笑ってしまったことを思い出します。

とっとちゃんは自分で窓ぎわに行きましたが、私は先生が行きなさいというので窓ぎわでした。

「この子は大きくなったらどうなるんだろう」
と両親はだいぶ期待したみたいですが、期待を見事に裏切って現在があります。

by asahikanokami | 2010-08-22 19:47 | 私のこと | Comments(2)
Commented by あっつぁん at 2010-08-24 22:16 x
うれしいです
あの頃のことを語ってくれて

アイ先生今でも
お元気ですよ
お茶を楽しんでいます
Commented by 朝日館女将 at 2010-08-29 21:44 x
*あっつあん*

愛子先生、お元気ですか!!わぁ!お目にかかりたいです。
私のことを覚えていらっしゃるかしら?

初めての家庭訪問の時、終わって先生が帰ろうとしたら、当時二歳ぐらいだった弟が、大きな声で
「あいちゃんは~太郎の嫁になる~~~♪」
って歌って、母が大慌てしました。

弟は人見知りする子で、初めての方にそんな歌を歌うなんて思えないのですが、なぜか、その時は大きな声で歌いました。懐かしい思い出です。
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