朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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窓ぎわのみっこちゃん(その2)

小学校に就学した時に不思議な子が一人いました。

その子は、みんなよりも一回り体が小さくて、いつも同じ洋服でした。ランドセルではなく風呂敷包みで登校していました。

当時はまだ給食が無く、みんなお弁当持参でしたが、その子はおひるになるといつもすぅっと教室を出ていきます。

お家はどこか聞いても教えてくれません。何よりも寡黙でめったに話をしない子なのです。

でも私はその子が気になって気になって仕方がありませんでした。

5月ごろだったと思います。母が体調を崩して一週間ほど入院したことがありました。父は当時2歳だった弟と私を面倒見ながら勤めに出なければなりませんでした。

朝、お弁当を作って私を学校に出すと幼い弟を母の病室に置き、勤めに出ます。私は学校帰りに病院により、父が迎えに来るまで弟の面倒を見ていました。

その時、病院の裏庭であの子を見かけたのです。名前(なんという名前だったか忘れてしまいました)を呼んで駆け寄ったら、なぜか逃げてしましました。

翌日も、そのまた翌日も、病院の庭で見かけるのに側に行くと逃げてしまうのです。

学校で
「どうして病院にいるの?」
と聞いても、じっと下を見て何も答えてくれませんでした。

そのうち母がどこからかその子のことを聞いてきてくれました。お父さんが入院していて、お母さんと一緒にお父さんの病室に寝泊まりしているらしいこと。入院費が払えないのでお母さんが病院の下働きをしているらしいこと・・・・などなど。

昔は包帯やガーゼは再利用するのが当たり前でした。注射器さえ煮沸消毒して使い回しするのは当たり前の時代でした。

その子のお母さんは、各病室お掃除のほか、膿や血で汚れた包帯の洗濯、時には他の病人の付き添いなどもしていたらしいです。

それから間もなく、たぶん二学期になったころだったと思います。その子が転校していきました。

特別仲良かったわけでもなく、一緒に遊んだ記憶もないのにとても寂しかったことを覚えています。

私も小さかったのでお父さんが退院して帰って行ったのか、それともお亡くなりになったのか覚えていません。無事に退院なさったと思いたいです。

今、思い返してみると、きっとお昼のお弁当も持ってこられず、お昼は校庭ですきっ腹を抱えていたんだろうなぁと思います。

by asahikanokami | 2010-08-22 19:52 | 私のこと | Comments(0)
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