朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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お墓参り

お盆の入りです。

我が家のお墓は、東日本大震災でお骨ごとすべて流されてしまいました。
お墓が流されたことも悲しかったのですが、何よりもおっとっとの両親や娘のお骨が無くなったことが悲しかったです。
「海に散骨したと思うことにするべ・・・・・」
と、おっとっとがポツリと言いました。

その後、墓地会の役員の方たちが、連日、お墓を探してくださいました。そして探し出したお墓は、菩提寺の龍昌寺に運ばれて、モニュメントになりました。

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昨年、菩提寺の方丈様に無償で墓地をいただいたので
「お墓を作ろうと思ってます」
とお話ししたら
「まずお家を建てなさい。お墓はその次でもいいですよ」
とおっしゃってくださいましたので、私もそのつもりでいました。

しかし、昨年の秋のお彼岸に行って見たら、あちこちでお墓を建てていました。何もなかった墓地にたくさんのお墓が建っていました。
ちょっと驚きながらも、改めて、お墓を作りたいと思いました。
震災に会い、命からがら逃げて、助かった命。これも先祖や娘が守ってくれていたからに他なりません。
手を合わせて感謝する場所が欲しいと願いました。

家族三人で相談して、せっかく作るなら、元のお墓と同じ石で建てようと決めました。調べてみたら我が家のお墓は、伊達冠石と言う宮城県丸森町でしか採れない石だったのです。
さっそくネット検索して、山田さんと言う石屋さんに行って見ました。

聞いてみたら、なんと伊達冠石(通称泥かぶり)は、山田石材さんの持ち山からしか産出しないのだそうです。
だけど対応してくださった社員の方は、まことにそっけないのです。
「お墓ですか?今はお墓にするような大きな石が採れていないのです。採れたとしても高価ですよ」

まぁねぇ。こちらは被災者。仮設住まいです。
高価なお墓を建てられるとは思えなかったのでしょう。
「山は雪が積もっていますので、ご案内できません。春になったらまたおいでください。採石場をご案内します」
というので、春になって雪が解けてから、今度は息子を連れて三人でお伺いしました。

おっとっとと息子と三人で相談しました。
そして、これからずっと村上家のお墓として残るのだから、がんばって元のお墓と同じようなお墓を建てようと決めました。

幸い、展示場の隅に長年売れ残っていたお墓が、驚くほど元のお墓そっくりだったので、即決でした。

その墓、お盆を前に完成しました。

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法名碑に、先祖全員の法名を入れると、私たちの法名を入れるスペースが無くなりました。仕方がなく、おっとっとの祖父母と両親と娘の法名だけを入れました。

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でも、先祖があっての朝日館、そして私たちです。村上家の歴史として、なんとか先祖の名前を残したいと思いました。

そこで由来碑を作りました。

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これで、私たちの子孫が村上家の歴史を知ってくれると思います。

改めて、手を合わせると、たとえお骨は無くても、先祖が守ってくださっているような気がします。
心が落ち着くのがわかります。
ここに最初に入るのは私たち夫婦。

新しいお墓は菩提寺のそばの小高い丘にありますので、今まで住んでいた釣師の浜や、我が家があった場所が見渡せます。このことも、とても嬉しい。
お墓が完成してちょっとホッとしています。

あとは、早く代替え地の造成が終了して、我が家が建つことを願うばかりです。

by asahikanokami | 2012-08-13 16:52 | 避難生活
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