朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

ダイアモンドプリンセスの旅11(道)

f0061402_23331444.jpg花蓮が、この旅の最終観光になりました。今日の、15時30分には、花蓮港を出港して横浜に帰ります。
船に乗ったら、後は帰るだけです。旅は終わります。もっと乗っていたいです。残念です。
花蓮では、大理石工場を見学の後に、太魯閣渓谷に行きました。
台湾には三千メートルを超える山が、百幾つあるそうです。(数字は忘れました)そのうちの三分の一が、花蓮にあるのだとか。
バスで曲がりくねった道を走って行くと、切り立った崖が現れます。走っても、走っても、道の両側は切り立った崖です。風光明美。こんな風景のことを言うのでしょうね。
f0061402_23312843.jpg
ふと、山の中央を見ると、真ん中ごろに筋が見えます。あれは何でしょうか?
ガイドさんに聞いたら、広い道ができるまで、花蓮に住んでいる阿見族が使っていた道なそうです。幅は30センチぐらいだとか。足を踏み外したら、200メートル下の谷に真っ逆さまです。
あの高さで、30センチしかない道を歩くなんて、高所恐怖症の私にはできそうにありません。きっと足がすくんで、一歩も歩けないと思います。
進むもならず、戻るもならず。途中で泣きながら立ち止まっている私を想像しました。
戻れないなら、前に足を出すしかないです。恐怖に震えながらでも、一歩前に出るしかありません。泣きながらでも、歯を食いしばって一歩前に出るしかありません。
一歩ずつ進んでいったら、必ず、広い道に出ることでしょう。
人生と似てるなと思いました。
相次いで両親が亡くなり、次いで姑が亡くなり、追いかけるように娘までも亡くなりました。
あの時、私の足はすくんだままでした。歩くことができませんでした。しかし、舅が痴呆になり、次第に寝たきりになってしまいました。商売もしていたので、どうしても歩かないわけにはいきませんでした。
一歩足を出しました。また一歩。また一歩。
そのうちに、次第に普通の生活を取り戻すことができました。舅には申し訳ないのですが、あの時に、介護があったから、立ち直れた気がします。
そして、舅が亡くなり、そして、東日本大震災で被災してしましました。
でも、この時は、以前の私ではありませんでした。多くのことを乗り越えてきたことが、自信につながりました。娘を亡くすという、あの大変な経験に比べたら、旅館や自宅を無くしたことなど、がんばれば乗り越えられると思いました。これは、がんばっても乗り越えるのが難しい体験をしたおかげです。
花蓮の人たちも、一歩ずつ、一歩ずつ前に進んで、山を越えられたとき、きっと大きな勇気と生きていく力を持ったことでしょう。改めて、車が通れる道ができてよかったと、心の底から思いました。



by asahikanokami | 2016-06-22 14:07 | 私のこと | Comments(0)
<< ダイアモンドプリンセスの旅12... ダイアモンドプリンセスの旅10... >>