朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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田中キヲさん

私は子どもの頃、教科書を読むのが好きでした。教科書を買ってくると、その日のうちに全教科を読んでしまう。算数などは良くわからないけど、それでもこの一年間でどんな事を勉強するんだろうという、好奇心で読みました。

中でも読むのが一番すきなのは国語と社会の教科書。

六年生の教科書が届いた時にも、一番最初に読んだのは社会の教科書でした。六年生で習うのは歴史。ドンドン読んでいくと、最後の方のページで衝撃的な写真と遭遇しました。

その写真は、原爆の被害にあった親子。焼け爛れた赤ちゃんにお乳を含ませているお母さんの写真でした。

その写真を見た時のショックは今でもはっきりと思い出せるほど大きいものでした。

かわいそう・・・・。ひどい・・・・。どうしてこんなことが起きるの・・・・・。人間はこんなひどいことを平気で出来るんだろうか・・・・。やけどを負ったお母さん。そして赤ちゃん。わたしもいつかこんな目にあうかもしれない・・・・・。

その悲しみと恐怖の大きさは、12歳の私にとっては大きすぎました。

その写真が載っているというだけで、私は社会の教科書を開くことが出来なくなったのです。また、あの写真のページを開いたら・・・・と思うと恐くて、恐くてしかたがありませんでした。

そして、とうとう、夢の中にまであの母子が現れて、夜中にうなされるようになりました。

母が先生の了解を得て、そのページが開かないように糊で貼り付けてくれましたが、それでも教科書を触るのが恐かったのです。

私はあの親子は、原爆病で亡くなったと思っていました。長いこと、何の根拠も無いのにそう思い込んでいました。

今朝の新聞で、あのお母さん、田中キヲさんが9日に91歳で亡くなられたことを知りました。

赤ちゃんは写真撮影の10日後に亡くなったそうですが、お母さんが91歳までお元気だった(もしかしたら、原爆病で苦しんでおられたかもしれませんが)ことで、私の子ども時代からの悲しみが少し薄らいだ思いです。

二度とあのような悲惨なことが起きませんように。世界中のお母さん達が、悲しむことが起きませんように。

そして、田中キヲさんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。

by asahikanokami | 2006-12-13 21:17 | 私のこと
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