朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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娘のカルテ

娘には友人が多かったです。
その多くの友人の中で、娘から最後まで病室に入室許可が下りていたがAちゃん。

首のリンパ節を取り去ってしまった娘の顔は、病状が進むにつれて顔がむくんで、別人のような顔になってしまいました。

「皆に、元気な時の顔だけを覚えていて欲しいから、病気の顔は見せたくないの。だから病室には誰も入れないで」
というので、面会謝絶の札がかけてありました。そんな状態でも
「Aちゃんは看護婦さんだから、私の病状が勉強になるはず。最後までしっかりと観察して欲しい」
と、Aちゃんだけは、入室を許可されていました。

娘が亡くなってからも、Aちゃんと私の交流は途絶えることなく、結婚、長女出産と、喜びのたびに報告がありました。

そのAちゃん。

今日、久しぶりに電話があり、無事に長男が生まれたとの報告。そしてその後にちょっと口ごもりながら
「菜穂ママ(私は娘の友人達のこう呼ばれています)。言おうか言うまいか、ずっと迷っていたんだけど・・・・。私ね、ちょっとだけ大学病院に手伝いに行ったことがあるの・・・・その時ね・・・」

出産を控えて産休に入る彼女の最後の仕事に、古いカルテの整理を頼まれたのだそうです。

そして持ち込まれたカルテ。その一番上に娘のカルテが乗っていました。

「菜穂・・・」
と絶句して、カルテを抱きしめて号泣したらしい。

私はこんな時いつも、娘の意思を感じます。娘の姿は見えなくても私達といつも共にいるのだと思います。

きっと出産を控えたAちゃんのことを心配して、そしてきっとかわいい赤ちゃんが生まれるよと激励するために、娘がカルテを一番上に置いて、ここにいるよと教えてくれたのでしょう。

娘のカルテが一番上にあったことは偶然だったかもしれません。でもやはり、私には千の風が吹いていると思えてなりません。

by asahikanokami | 2007-07-04 20:32 | 亡くなった娘の話
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