元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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カテゴリ:新地町の人々( 36 )


釣師地区ジオラマの作成

新地町農村環境改善センターで、震災前の釣師地区のジオラマの制作をしているというので見学に行ってきました。
釣師地区というのは、私たちが住んでいた地域です。
空撮した写真から建物の立体データを取り出し、3Dプリンターで作り上げていくのだそうです。
技術の進歩はすごいですね。
アナログ人間の私には、何度説明を聞いても理解できません。

「朝日館も出来てるよ」
と言われて、街並みを覗いてみたらありました、朝日館。
本館も宿泊棟も大広間も。物置まで再現されていました。
そして釣師の街並み。
お隣もご近所もそっくりそのまま復元されています。
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途端に何かがこみ上げてきました。
涙が止まらなくなりました。
嬉しい涙でもなく、懐かしい涙でもなく、悲しい涙でもなく、悔しい涙でもなく、何と言ったら良いのでしょう。
強いて言えば、そのすべてが混じり合ったような、自分でも不可解な涙です。

ここで生活をしていた。
多くのお客様に支えられて、女将をしていた。
女将の仕事は、楽しくて私の性にあっていた。
リピーターのお客様が多かったので、お客様と言うよりも親類の人みたいだった。
ほんとうに良いお客様に恵まれていた。
釣師港に上がった魚は、日本一おいしかった。
毎日、お客様のお膳のおこぼれが食べられて幸せだった。
娘の病気と死。それも含めて私の大事な人生の場だった。ここで過ごしたことが、宝物だ。
次々と頭に浮かんできて、一瞬で消滅したこの町がとても愛おしく思えた。
ちょっと涙ぐみながら、しんみりと街並みを眺めた。

「あのなぁ、ほら、ここにあったべ?知らねが?(知らないか?)」
静かな大会議室で、大声ではしゃいでいるのは、もちろん、あの人です。
「昔は、砂鉄を取っていたんだぞ。塩田もあった。知ってるべ?」
若い町職員をつかまえて、昔の事を聞いています。
あなたは、74歳です。
あなたが子供の頃と言ったら、70年も前のことです。
30代の若い職員の人が知っているはずないでしょ!
ほら、困った顔をしてますよ。

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一緒に行こうと誘ったのが、ご近所の佐々木さんで良かった。
 佐々木さんは、釣師生まれなので昔のことをよく知っていて、おっとっとの話し相手になってくれ
 ました。
 おっとっとは、しんみりと思い出に浸るような場所には、向いていないのだと改めて再確認です。  


1月9日から14日まで、ここで樹木や砂浜などを作って完成させるのだそうです。
復興推進課の皆さんが、一生懸命に作っていました。
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無くなった街並みを再現し残すことで、新地町の震災のことが後世に伝わります。
地震の時は、まず、なにをさておいても避難すること。
そのことを未来に伝承していきたいです。伝承こそ、最大の防災です。

 


家に帰ってきたら、暮に活けた白梅が、玄関の棚の上でほころんでいました。
春遠からじ。
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by asahikanokami | 2018-01-10 20:44 | 新地町の人々

明けましておめでとうございます

長いこと休載していたブログですが、再開することにしました。
三日坊主にならないようにしないと!

「わぁっ!寝坊した!!」
初日の出の撮影に出かける予定だったのに、目を覚ました時間は、6時50分。
なんと、日の出予定時間だったのです。
寝ぼけているとおっとっとを起こして釣師浜に急ぎました。
すでに初日は昇り始めていて、すっかり顔を出しています。
浜に急ぐ私たちの車とすれ違うのは、初日を拝んで帰り道のクルマ。
運転しているのがほとんど顔なじみの人で、寝坊したのがバレバレと見えて、みんな笑って手を振ってすれ違います。
元旦からかっこ悪いなぁ・・・・・。
それでも良いこともありました。
みんなが帰った後なので、駐車場がすいていてどこにでも止めることができました。

まずは、初日を拝んで撮影開始。
風もなく、快晴でとても良いf0061402_11512075.jpg

元日です。

浜辺ではたき火がたかれていました。
まだ残っている人たちが、思い思いにたき火を囲んで談笑をしています。f0061402_11560815.jpg

ここには、仮の慰霊碑があります。
毎月全国から集まってビーチクリーンをしてくださっているリバイバルFの皆さんが作ってくださいました。
新地町には、手を合わせる慰霊碑がまだ無いのです。
せめて、ここで手を合わせてほしいと、流木などで作ってくれました。
その慰霊碑も間もなく7年がたち、だいぶ痛んできています。
慰霊碑に手を合わせて、テントを張って温かい飲み物をサービスしてくれているリバイバルFの皆さんの所に向かいました。f0061402_11554814.jpg

途中に復興フラッグが建っていました。
これの話を書くと長くなるので割愛しますが、復興を願ってずっと掲げてくれているリバイバルFの皆さんの思いが詰まった旗です。
テントで、アツアツの玉蒟蒻とホッカホカの飲み物を頂き、冷えた体が温まり嬉しかったです。




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そして、今年最初の私たち夫婦のツーショットです!
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釣師漁港に戻って安波津野神社に初詣。
風がないのに波が荒くて、堤防を越してくるのを見た瞬間に、体がこわばりました。
あの日がよみがえります。
時々、ちょっとした瞬間に、あの日がフラッシュバックします。

でもね、と思い直しました。
あの日があったからこそ多くの人との出会いがありました。
そう思うと、たとえ辛い思い出であっても、それもすべて私の大切な人生です。
誰のものでもない、大事な私の宝物の体験です。

何はともあれ、こうして夫婦で元気に2018年の第一歩を踏み出すことができたのは、幸せという事です。

さて、いつまで続くかわからないブログですが、まずは、2018年の第一回目です。
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by asahikanokami | 2018-01-01 12:32 | 新地町の人々

言葉もない・・・・・

ご近所の方が亡くなりました。
まだ45歳という若さで、突然に・・・・。

おっとっとの仲買仲間のその方は、おっとっとに頭痛がすると言っていたそうです。それからわずか二日で、お子さんと奥さんとご両親を残して、あっという間に旅たたれてしまいました。

おっとっとが競り落とした魚を入れた樽を、トラックに積み込むのを手伝ってくれるような優しい人だったそうです。

その方のお父さんとおっとっとは同級生です。

娘の告別式の時に、その方のお父さんは
「てっちゃん・・・・・こう言う時には・・・・なんて言うんだべな・・・・。おら・・・・なんて言ったらいいのか・・・・言う言葉を知らない・・・・てっちゃん・・・・なにも言えなくて・・・・ごめんな・・・」
と、おっとっとの肩を抱いて泣いてくださいました。

そして今朝、おっとっとは、仕入れの帰り道にその方の家の前を通るのが辛くて、遠回りして帰ってきたそうです。

「おれは・・・・やすんちゃんに・・・・なんて声掛けたら良いべな・・・・。かける言葉が見つからねぇ・・・・・。告別式でやすんちゃんの顔見るのが辛い・・・・」
とおっとっとが涙ぐんでいました。

娘が亡くなった時のことがしきりに思い出されて涙が出ます。もう10年もたっているのに、子供に先立たれた悲しみは無くならないんだなと改めて思います。

自分の思いに、息子さんを亡くされた御両親の悲しみが想像できて、なお一層涙がこぼれます。

どうぞ、奥様やお子さんやご両親をお空の上から見守ってください。ご冥福をお祈りいたします。合掌。

by asahikanokami | 2010-12-10 22:11 | 新地町の人々

明日から

明日からいよいよ町長選挙が始まります。

有権者数が七千人にも満たない小さな町の選挙戦。
町が真っ二つに割れて大変なことになっています。

すでに
「あそこの家は〇〇派だべ。その隣は△△派だ」
と勝手に色分けされているようです。

小さな田舎町は親類関係も複雑で、どちらの候補者とも縁続きのお家では
「仕方ねぇがら家族で票を分けて投票するんだ」
などという声さえ聞こえてきます。

誹謗中傷の怪文書なども出回っているという噂もあり、開票後に当選が決まった暁には、なにか遺恨が残らなければいいがと心配しています。

投票率は黙っていても90パーセントぐらいにはなることでしょう。

候補者よりも支援者の方が熱くなっていて、勇み足もあるようで、選挙管理委員会への問い合わせの電話が鳴りっぱなしです。

本来なら新地町を任せるのに足る人に入れる一票。

誰かにお願いされて入れるのはおかしいし、血縁だからとか、同級生だからとかいう理由で入れるのもおかしな話です。

しかし、現実問題として公明正大な選挙の実現は難しいです。

期日前投票所の管理をしていると、ポケットから候補者の名前の書いた紙をとりだして書いている人もときどき見かけます。もちろん、忘れないように書いてきたメモかもしれません。誰かからこの人に入れてくれと頼まれて渡された紙とは限りませんが・・・・。

明日は告示。勢力は五分五分との下馬評。
ますます暑い新地町です。

by asahikanokami | 2010-08-23 15:24 | 新地町の人々

送り火

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何の写真かわからないと思います。
じつはこれは送り火の写真です。うまくとれなくてすみません。

それぞれのお家の前で送り火を焚いてお盆にお帰り下さったご先祖様を送り出します。

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それぞれのお家で手が空いたときに、それぞれに焚いていた送り火。
今年は地域でみんなそろって同じ時間に焚くことになりました。初めての試みです。

我が家の前の通りで一斉に焚かれた送り火。一斉に焚かれると、とても幻想的です。なにせお店もないので人工的な光線が少ない地域なものですから、暗闇に浮かび上がる送り火の光はとてもきれいです。

昔はそれぞれのお家の前に長椅子などが持ち出され、大人たちは将棋に興じたり、一杯飲んだり、子供たちは大喜びで花火をしたりしたのだそうです。

今はそれぞれが送り火を焚き、花火をするお家もあるけれど、薪が燃え尽きるまでの20分ぐらいの行事になってしまいました。

お盆帰省中のご家族も一緒になっての送り火。あちらこちらで
「元気そうだね。いつ帰ってきたの?いつ帰って行くの?」
とか
「久しぶりだね。どこに住んでいるの?」
など、久しぶりにああったご近所の帰省客同士が会話をしていました。

昔はご近所の距離が近くて、プライバシーなどというものは無くて、お互いになんでも筒抜けでした。

最近はお隣のお嫁さんがどこに勤めているのかも定かでないような状態です。

煩わしさは半減しましたが、寂しさは何倍も増したような気がします。

我が家でもご宿泊のお子様に花火をプレゼントして楽しんでいただきました。

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今年初めての試み。まずは大成功のようです。

娘もご先祖様も送り火の煙に乗ってお帰りになったことでしょう。
忙しくてあまりお盆のお供えもできなかったけど、ご先祖様たちは忙しいことを喜んで下さったと思っています。といいますか・・・・・不肖の嫁はそう思いたいです。

by asahikanokami | 2010-08-16 21:45 | 新地町の人々

遊海新地の花火

おかげ様でなんとか最後の方の花火を見ることができました。

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カメラを持ち出してシャッターを切ったのですが、シャッターチャンスをうまくとらえることができません。

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やたらめったらシャッターを切って、花火が映っていたのは5枚だけ。

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あとは真っ暗な空とか、わずかに残った火の粉など。
花火って写真に撮るのは難しいです。

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by asahikanokami | 2010-08-07 22:16 | 新地町の人々

今日は遊海しんち!!

今日は「遊海しんち」というイベントが、我が家の前の浜で行われています。

「遊海」と書いて「ゆかい」と強引に読ませます。ちなみにこの名付け親は私です。

午前中はビーチフラッグやビーチバレーの大会。それから漁船を大漁旗で飾って、海上パレード(これが勇壮で、一回は見る価値あり)があったり、新鮮なお魚を無料配布して炭火で焼いて食べようというイベントがあったりで、浜は大賑わい(・・・なはず。忙しくて見に行けない)

おかげ様で我が家も大賑わいで、しかも今夜宿泊予定のお客様が、遊海しんちに参加しようと朝早く到着したものだから、てんてこ舞いです。

夜には花火大会もあります。

我が家の前の浜から我が家の屋根のまっすぐ上に打ち上げられます。
至近距離で見る花火は、それはそれは迫力があります。

「ドン!」という音でガラスがビリビリと鳴ります。

いつも音だけ聞いて皿洗いしてますが、今夜はなんとかこの目で花火を見てみたいものです。早く後片付けが終わりますように!!

by asahikanokami | 2010-08-07 12:47 | 新地町の人々

今日は参議院選挙の投票日です

今日は参議院選挙の投票日です。
皆さん投票はお済ですか?

まだ投票していない方は、自分の未来の生活にかかわる大事な選挙ですので棄権しないように投票してくださいね。

私は昨日、ぎっくり腰になってしまい、海老のように腰を曲げてスローモーションで生活しています。

なんとか歩くことができるので、これから新地町役場に向かいます。9時から会議です。10時からと14時から各投票所を訪問して投票の状況を見たり、また何か不都合が起きたら対処しなければならないので投票時間内は町役場で待機です。

新地町は18時で投票所を閉じますので、投票箱や投票名簿などの書類が間違いないか審査して、20時の開票を待ちます。

18時に投票所を閉めたからと言って、20時前に開票することはできません。全国一斉に20時から開票となります。

帰宅するのは開票がすべて終了し、票が確定し、開票所のあとかたずけが済んだ後です。さて?何時までかかることやら?????


では行ってきます!

by asahikanokami | 2010-07-11 08:21 | 新地町の人々

新地ビエンナーレ2008

8月2日から相馬新地共同火力発電所の中のわくわくランドというところで『新地ビエンナーレ2008』という美術展が開催されておりました。

開催は今日まで。今日が最終日なんです。これは、なんでかんで(どんなことがあってもという意味の相馬弁です)いかなければなりません。

ちょうど仕入れから帰ってきたおっとっとは、仕入れてきたカニをゆでたり、魚をさばいたりと大忙しです。おっとっとも見に行きたいだろうに、留守番をさせて私一人出かけるのはちょっと気が引けます。

でもねぇ・・・・見たいなぁ・・・・。恐る恐るお伺いを立てたら
「行ってきたらいいべぇ」
という返事。

おっとっとの気が変わらないうちに、それっとすぐに車で相馬新地共同火力を目指しました。

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入口には大きな看板。

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わくわくしながら入っていくと、この展覧会の中心になっている齋藤研画伯が立っていらっしゃいました。

「先生、ブログに載せたいので、中に展示されている絵の写真を撮ってもいいですか?」

「良いよ」

許可をいただいたのでまずは先生をアップでパチリ。

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「ハンサムに写してくれよ」
と頼まれたのですが、なんだか気難しい顔になってしまいました。先生ごめんなさい。

最終日とあって見学する人が引きも切らずに訪れていました。その方たちが写らないように、そして鑑賞の邪魔をしないように写真を撮ってきました。

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写真を撮っていたら鑑賞していた中年男性の一群の声が聞こえました。

「わからん・・・」
「理解できない・・・」

現代美術は難しいです。頭で理解しようとしても無理です。わたしは理解などできないと最初から諦めて
「わぁきれい!」
「へぇ~~おもしろい!」
「ひゃぁ~、これはなんだろう???」
と楽しんできました。

たくさんの作品があったので見ごたえがありました。

そして小学生と中学生の描いた『新地百景』

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新地町のシンボルの鹿狼山(かろうさん)を描いた作品が多かったです。これは鹿狼山が新地町民にとっての心象風景なのだという証拠です。

鹿狼山。私も大好きです。

by asahikanokami | 2008-08-11 21:22 | 新地町の人々

遊海 しんち

今日は「遊海 しんち」というイベントがありました。「遊海」は「ゆかい」と無理やり読ませます。ちなみに、名付け親は私です。

我が家は昨日も今日も大忙しです。でもその忙しい合間を縫ってカメラを片手に浜まで走って行ってみました。

途中ですれ違ったり、追い越したりしたご近所の方に
「カメラを持ってそんなに急いでどこに行くの?」
と聞かれました。

もちろん
「取材よ!」
と答えました。ご近所さんはきっと私がどこかの新聞社に頼まれて、遊海しんちの記事を書くのだと勘違いしたかもしれません。そんな大それた取材ではありません。「朝日館の女将のてんてこ舞い日記」のための取材です。

息せき切って到着した釣師浜ではちょうど漁船のパレードが始まったところでした。浜辺からではうまく撮れそうにないので、築港の先端まで行っての取材です。

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座礁船の方向に向かって進んでいきます。

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なかなか勇壮です。そして大漁旗をはためかせて進む姿は壮観です。

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漁協前では模擬店も出ていました。地場産品などを売っています。

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それからビーチバレーも。

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もちろん海水浴客も。曇り空でちょっと肌寒かったのですがそれでも海に入っている人がいました。

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真中のアマチュア無線の大きなアンテナが上がっている白い四角い建物が我が家です。海まではこの近さです。

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そして、ちょっと振りむいたら堤防のところで一生懸命に作業している人がいました。

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近づいてみたら花火師の方たちでした。

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その花火は、浜で打ち上げられて我が家の真上で開きます。花火を台所の窓から眺めながら皿洗いをしました。昼に一生懸命に作業していた花火師さんの姿が思い出されて、いつもよりもきれいな花火だと思いました。

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by asahikanokami | 2008-08-02 22:54 | 新地町の人々