朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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日食観察旅行

「あのな、ちょこっとガタフィー大佐の所に行って来るからや」
唐突にそう言ったのは息子の会社の社長。

「ガタフィー大佐にどんな用事があって出かけるんですか?」
「あはははは。ガタフィー大佐に用事があるわけがないべぇ。日食だぁ」
「日食?又日食を見に行くんですか?(ちょっと呆れ顔)」
「ほだぁ(そうです)」

私が『また』とつけたのには理由があります。
一昨年。南極で日食が見られるというので、南極日食ツアーがありました。一人180万円という高額のツアー代金です。

それに社長も参加したのです。
その時に
「ええっ!社長は天体観察の趣味もあったんですか?」
と言う私の質問に、社長はカンラカンラと笑って
「ほでねぇ(そうではない)ほら、バスコダガマの喜望峰って所に行ってみたいんだぁ。そのついでに南極も見物してくるかと思ってな」
と答えて出かけたのでした。

そして、帰国後の社長の南極旅行の感想です。

「喜望峰はナ、がっかりだった。あそこは相馬の鵜の尾崎だった」
「えっ?鵜の尾崎って?」
「な~~~んにも無いただの岬だった」

「ケープタウンから荷物輸送用のヘリコプターで南極に行ったんだぁ。南極に着いたべぇ、泊まるホテルもな~~んにもないんだぁ。ただの雪原。どこさ泊まるのかと心配していたら、ヘリコプターからテントを下ろして、組み立ててそこに泊まるって言われた時には、びっくりしたべぇ」

「あのな、なんでもすべて運んでいったんだぁ。テントも寝袋も食材も便所まで」

「食事はレトルトよ。皿を一枚渡されて、南極では食中毒は無いし水が貴重だから、使用後はティッシュで拭いてまた次の食事の時に使うんだぁ」

「風呂は無い。ほんでもテント付きのシャワーは運んできてたから、雪を溶かして水を作って、二日に一回使えた」

「日食の日は他の人たちは、朝からカメラの三脚を立てて、二つも三つもカメラをセットして、スタンバイしてるんだぁ。俺か?俺は日食なんて興味が無いからなぁ」

「ほんでもせっかくだからと黒いフィルムをもらって見てたんだぁ。太陽が欠け始めたらあっという間に、あたりが真っ暗になったんだぁ」

「そしたら、ペンギンがいっせいに鳴いたんだぁ。後で聞いたら肉眼で日食を見たのはツアー参加者の中では俺一人よ。他の人たちは皆、カメラのファインダー越しにしか日食見てないんだぁ」

「高い旅行代金払って、誰も肉眼で見てないなんて驚くべぇ。しかも、ペンギンの鳴き声を記憶しているのも俺一人。他の人たちは写真を撮るのに夢中で気がつかなかったんだと。南極までわざわざ行って、何も見ない、何も聞かなかったんだと。もったいない話だべぇ」

「一番面白かったのは白夜。太陽が沈まないで地平線をグルット廻るんだぁ。あれが一番驚いたかなぁ」

社長は今夜は天体マニアの方たちと一緒に、リビアで日食を見ていることでしょう。お帰りになったら今度はどんな楽しい感想が聞くことができるのか、今からお帰りを楽しみにしている私です。

by asahikanokami | 2006-03-29 21:59 | 我が家のお客様

実家に帰らせていただきます!

かれこれ30年も前になるでしょうか。

私も若かったのです。まだ20代でしたから。
些細なことから夫婦喧嘩になりました。売り言葉に買い言葉。そしてお決まりのこのせりふ。

「もうあんたとはやっていけないわ」
「お~~!!上等だ。離婚しよう」
「もちろんです」

私は小さな子どもの手を引いて家を出る決心をしました。
でもその前に姑にだけはお礼を言いたかったのです。

何もわからない私をいつもニコニコしながらサポートしてくれました。俗に言う嫁姑問題など無縁で生活できたのは、姑の優しさと大きさがあったからこそ。

「おばあちゃん。実家に帰らせていただきます。いろいろとお世話になりました。ありがとうございました」

かくかくしかじかと家に帰る理由(と言うよりも愚痴ですね)を涙ながらに言い、お礼を述べました。

すると姑が
「あんたの言うことはもっともです。それは哲夫が悪い。よ~~し、私もあんたと一緒にこの家を出ます。一緒に仙台に行こう。仙台のお母さんに私も行くからと電話してきて」
って言うのです。

驚いたのは私。
まさかの展開です。驚きながらも実家の母に電話しました。

姑も姑なら母も母です。
「そうなの。いいわよ。新地のお母さんも一緒に連れてきなさい」

姑に母の返事を伝えると、まるで旅行にでも行くように嬉々として姑が荷物をまとめだしました。子ども達に
「さあ、仙台のおじいちゃんおばあちゃんの所に行くよ~~」
と楽しそうに言う有様です。

「なにぼやぼやしているの。あんたも早く荷物をまとめなさい」

姑のテンションが上がるのと反対に、私はどんどん冷静になってきます。はて・・・どうしたらよいものか・・・・。

この家を出て行って姑と実家でどうやって子どもを育てていったらいいのだろうか。舅とおっとっとと二人残った朝日館はどうなるのだろうか・・・・。

ドンドン現実的な事が頭を支配して行きます。それにつれて、夫婦喧嘩の怒りが猛スピードで収まって行きます。

そして結局、すっかり冷静になった私は、実家に帰ることなく無事に夫婦喧嘩は収まったのでした。

過日、両方の母親に聞いてみました。
「どうしてあの時にあんな事言ったの?」

母の答え
「新地のお母さんのことだから、きっとなにか考えがあってのことだと思ったの。それに新地のお母さんとなら仲良く同居できると思ったから」

母と姑は一緒に遊んだり、旅行に行ったりするほど仲が良かったから、同居しても仲良く生活できたかもしれません。

姑の答え
「私が孫の世話をしてあんたが働いたら、孫達は立派に育て上げることが出来るでしょ。住む所さえあれば後は何とかなるものよ。仕事?見つからない時は水商売でも、住み込みのお手伝いさんでも、女にはなにかしら仕事がみつかるものよ。いざとなったら私だって、掃除婦でも皿洗いでも何でもするよ」

はたして、あの時、姑は本気で私と一緒に実家に帰るつもりだったのでしょうか?それとも、私を説得するためのお芝居だったのでしょうか?

お仏壇に向かって
「おばあちゃん、あの時は本気だったの?」
って聞いても返事は・・・・・・ありません。

by asahikanokami | 2006-03-29 00:17 | 我が家の家族と親類

『さ』がついていた

昭和50年ごろのお話です。

出張中だという一人のお客様を泊めていました。もう一週間も泊まっています。朝9時ごろに会社に出かけ4時には帰ってきます。

近くの会社に、ある特殊な技術を教えに来たと言います。その割にはその会社から誰も訪ねてこないし、電話もありません。ちょっとおかしいなと思ったのは一週間も泊めてからでした。

旅館と言う商売はお客様が玄関を入ってこられた瞬間から信用しないと成り立ちません。

もしかしたら泊り客は殺人犯かもしれませんし、放火犯と言う事だって無いとは言えません。そんなことを心配していたらだれも泊める事は出来ません。恐くて同じ屋根の下で寝ることなど出来ません。

「いらっしゃいませ」
とお迎えした瞬間から良い人と信用してお泊りいただきます。

でも、ちょっとおかしいなと思うときがあります。大抵その勘はあたります。まさにその瞬間でした。
「おかしいな・・・・」

そこでいったんその日までの精算をしていただきたいと申し上げました。すると・・・・お金がないと言うのです。困りました。お客様も神妙な顔をしてうなだれています。

警察に届けることにしました。すると警察は困る、車で1時間ほどの所に実家があるからそこにお金を取りに行きたいと言います。

いったん不信感を持ったら・・・・もうその人の言うことを信用できません。そこでおっとっとと舅と二人が付き添って、その人の実家まで集金に行きました。

失礼ながら人が住んでいると思えないような家だったそうです。おばあさんが一人出てきて事情を説明したらいきなりその男の頭を叩きました。

「申し訳ないことしました。すみません・・・。あまえは・・・まだ・・こんなことしてるのか・・・この親不孝もの・・・」

泣きながら何度も殴るお婆さん。男も黙って叩かれながらうなだれて泣いていました。

そんな情景を見たら・・・そうです、おっとっとも舅もそのお婆さんからお金は取ることはできませんでした。すごすごと帰ってきました。

しかし、それが間違いだと言うことをその後わかりました。

なんと味をしめたその男は、何軒かの旅館で同じことを繰り返したのです。何軒めかの旅館で警察に届けたので逮捕されて、取調べられて我が家の名前も出ました。

すぐに警察が飛んできて叱られました。
「ちゃんと届けてもらわないと困ります。お宅できちんと届けたなら、以後の犯罪は防げたかもしれないのです。ああいう詐欺師には、罪を償ってもらって、悪いことをしたのだとわからせないといけないんです」

ごめんなさい。

そうです。技師だと言っていたその人は前科がある立派な詐欺師だったんです。
『さ』がついていたんです。

おっとっとは、今でもあのお婆さんが
「おまえは本当に・・・親不孝もの・・」
って泣きながら息子の頭を叩いていた姿をはっきり思い出すと言います。

あの息子はその後もおばあさんを泣かせ続けたのでしょうか。

by asahikanokami | 2006-03-26 20:38 | 我が家のお客様

お客様の悲しい思い出

もう30年も前のことになります。

10月ごろだったと思います。50代のご夫婦がお泊りになりました。予約ではなくて突然の飛び込みのお客様でした。

お食事をお部屋に運んでいったら一枚の写真を懐から出し
「この青年に見覚えはありませんか?このあたりで記憶喪失の青年が発見されたと言うことはありませんか?」
と聞くのです。

お話を伺ってみたら、息子さんが千葉の海岸で遊泳中に行方不明になったのだそうです。いくら探しても見つからず、最初の一ヶ月は仕事を休んで探したのだけど、いつまでも仕事を休むわけにも行かず、その後は週末に海岸を探しているのだとか。

「あいつは水泳が得意だったからおぼれるわけが無いのです。どこかできっと生きていると思っているのです。優しい息子でしたから、家に帰ってこないのは頭でも打って、記憶喪失になっているのではと思っているのです」

写真にぽたぽたとその方の涙が落ちて、息子が生まれたばかりだった私は、なぜか生まれたばかりの息子とその方の息子さんが重なってもらい泣きしたのでした。

翌年の今頃、またその方から宿泊の電話が入りました。ご家族3人で泊まりたいというものでした。

大分遅くなってから、ご家族3人がいらっしゃいました。

なんでも相馬の漁船の網に頭蓋骨がかかり、引き上げられたのだそうです。死亡推定時や血液型などから、どうやら息子さんらしいと言うので引き取りにお出でになったのでした。

今ならDNA鑑定などで本人かどうかすぐわかるのでしょうが、まだその当時は鑑定もハッキリしなくて、たぶん60パーセントの確率で本人でしょうと言われたそうです。身元確認の後に火葬してから来たので我が家への到着が遅かったのでした。

「息子ではないかもしれません。でも良いんです。もし息子でなかったとしても、その方のご両親に代わって息子だと思って供養してやります」

ご夕食の時にお部屋にお骨が見当たらないのでお聞きしたら
「お宅で見ず知らずの人間のお骨など持ち込んだら不愉快でしょうから車においてあります」
とおっしゃるのです。

せっかく見つかった息子さんです。すぐに車からお骨を持ってきていただいて、まだ元気だった姑が家のお仏壇のお線香とお花を持ってきて、皆で手を合わせました。

一ヶ月間毎日海岸を探し回り、その後も毎週末息子さんを探し回られたご両親。無事にとの願いに反してお骨で見つかった息子さん。

一番悲しい思い出のお客様です。

今頃になるとあのご両親はどうしていらっしゃるのかしらとふと思い出します。

by asahikanokami | 2006-03-24 00:01 | 我が家のお客様

どちらが??

猫が嫌な顔をするほど上手にお魚を食べるお客様がいます。
お皿に残された肉が一片もついていない骨はきれいで、まさに芸術的でもあります。

一方、そこかしこにカニの殻や魚の骨を撒き散らし、見るも無残という様子のテーブル。お皿には殻や骨が混在して山になっています。

さて、どちらのお客様が、旅館にとっては良いお客様でしょうか?

どちらが歓迎されるお客様でしょうか?

どちらも良いお客様、どちらも歓迎されるお客様なのです。私はどちらのお客様も大好きです。

それはそれは、大事に一口ごとに味わって丁寧にお食事なさる方はきっとお魚が大好きなんでしょうね。骨だけがきれいに残ったお皿を見ると
「やった!!美味しかったんだ!!」
って嬉しくなります。

一方、テーブルをカニの殻やお魚の骨などで散らかし放題のお客様。きっとお話に夢中で楽しい時間が過ぎたのでしょうね。お酒も美味しくて、いつもよりもたくさん飲んだのかもしれません。
「楽しんでいただけたようですね」
って片付けながらニンマリしてしまいます。

旅館にはいろいろなお客様が、いろいろな目的でお出でになります。大抵は楽しみにおいでくださいますが、時には悲しい目的のお客様もいらっしゃいます。

「こんにちわ」
と玄関を入ってきたたよりも
「またきます」
とお帰りになる顔がお元気になっていることが一番嬉しいことです。

by asahikanokami | 2006-03-23 18:37 | 我が家のお客様

あっ!撃たれた・・・・

昨年から、甥がアメリカのアリゾナ州のエルパソに仕事で行っています。

用事があって義妹の家に行きました。
妹とお茶を飲んでいたら、ちょうど甥から電話がかかってきました。妹がしばらく甥と話した後で
「みっこおばちゃんが来てるから今、代わるからね」
と受話器をよこしました。

「もしもし、朋君、元気?」
「はい元気です」

はるかアメリカからの電話とは思えないほどよく聞こえます。

「おばちゃんも元気ですか?」
それに答えようとした時、受話器の向こうで甥の悲鳴のような声がしました。

「あっ!撃たれた・・・・・・」

ひゃあ~~・・・。銃社会のアメリカ。何か突発事件がおきたのでしょうか?

「どこを撃たれたの?朋君、大丈夫?朋君!!」
私の大きな声に驚いた妹が私から受話器を引ったくり
「朋、朋、大丈夫?どこを撃たれたの?怪我をしたの?」
と半狂乱になりました。

私の心臓は早鐘を打つようにドキドキして、手の平にじっとりと汗がにじみました。

どうしよう・・・・・。怪我だけですめば良いけど。これから妹一人でアメリカにやるのは心配だな。一緒に妹の付き添いとしてアメリカに飛ばなくちゃ・・・。お客様の予約状況はどうなっていたかなぁ・・・。

いろいろな事が瞬時に頭に浮かびました。

すると、妹が
「なぁ~~んだぁ。びっくりした」
と笑い出しました。

なんと甥は野球の決勝戦を見ながら電話をしていたのでした。

打たれたのは日本。打ったのはキューバ。

あ~~~良かった。甥が撃たれたのではありませんでした。
ほっ。

急いで家に帰ってきてテレビにかじりついて試合の後半戦を見ました。

ばんざ~~~い!!
日本が優勝!!!おめでと~~~!

今頃アメリカで、甥も大喜びでばんざいをしていることでしょう

by asahikanokami | 2006-03-21 15:03 | 我が家の家族と親類

犯人

スーパーの駐車場で
「み~ほ~ちゃ~~~ん!!」
と呼ぶ声が。
振り向くとお友達でした。

「久しぶり。息子がね嫁さんをもらうことになったんだでば」
「わ~~!!良かったね。おめでとう!!」
「それがさ~~・・・。先週の土曜日に向こうの家にご挨拶に行ってきたんだけど・・・・お嫁さんのご両親がお上品でさぁ・・・。標準語でしゃべるから、ずーずー弁で返事も出来なくて・・・『はぁ・・・はぁ・・』ってだけ言って帰ってきたんだ」

それから息子さんのことやお嫁さんのお話をひとしきり聞かされました。

でもおしゃべりの間中、すごく気になる言葉がありました。
それはご主人のことを『おらえ(私の家)の犯人が、おらえの犯人が』って言うのです。

「ねぇ、どうしてご主人を犯人って言うの?」
犯人???」
きょとんとした友人が突然笑い転げました。涙を流しながら大笑いをしてます。

今度は私がきょとんとしてしまいました。

「なんだべ。犯人ではなくてハニーって呼んだんだべした」
ハ・・・ハ・・・・ハニー????」

友人の説明によると、お嫁さんのご両親がお上品だったので負けまいと、ご主人の呼び名が『とうちゃん』から『ハニー』に格上げになったのだそうです。

ハニー・・・・・・。ハニー・・・・・ねぇ・・・。ハニー・・・かぁ・・・・。

○ちゃん!!
ハニーって呼ばれるようなご主人は、ガウン姿でソファーに座り、ブランディグラスを持っているような人だと思うよ。

コタツでジャージ姿で焼酎を飲んでいるお宅のご主人や家のおっとっとは『ハニー』よりも『犯人』の方が、ずっと、ずっと、ず~~~っとお似合いだとは思いませんか?

by asahikanokami | 2006-03-17 13:48 | 新地町の人々

腹の足し

ホワイトディだからと友人からゴディバのちょっと大きな箱をいただきました。

ひゃ!ひゃ!ひゃ!!ゴディバのチョコだぁ~~~!!
高価なチョコは自分で買っては食べることが出来ません。もらったからこそ口に入ります。嬉しいな!

後でおっとっととコーヒーを飲もうと、冷蔵庫に入れておきました。

さて3時のお茶にしようと冷蔵庫を空けたらすでにリボンはほどかれており、箱を開けたら3個を残して後は全部空でした。

おっとっとが食べたに違いありません。

「冷蔵庫のチョコ食べたの?」
「ああ、腹減ったから」
「ええっ!!ゴディバのチョコだよ。お腹が減ったからってこんなにいっぱい食べちゃったの?」
「食い物のことでごちゃごちゃ言うな!!そんなにチョコが食いたいのなら、買って返すから!!」

ぐすん。

「美味しそうだったから食べた」
ってどうして言えないんだろう。逆切れしちゃって。

第一、あれは私がもらったチョコですから。おまけに、バレンタインディにチョコを上げたのに、あんたからは何ももらってませんから。

そして何よりも、世の中広しと言えどもゴディバのチョコを腹の足しに食べるのはあんただけですから。

(その後、スーパーから某メーカーの大袋に入ったチョコを買ってきて
「ほれ!!」
って返してよこしました。まったく!)

by asahikanokami | 2006-03-14 23:42 | うちのおっとっと

朝顔のお里帰り

娘が最後の夏に一鉢の朝顔を抱えて東京から帰ってきました。秋にたくさんの種がとれて、それを大事に入れ物に入れてしまってありました。

娘の机から朝顔の種を見つけたのは娘が亡くなってからでした。もう時期的には種を蒔くには遅かったのですが、庭に蒔いたら芽を出しました。

その秋にはたくさんの種が取れました。

そうやって毎年種を取ってはお友達に配ったりして蒔いていただいていました。

去年、あまりにたくさんの種がとれたので、私が参加しているメキキの会に呼びかけたところ、多くのお友達の手で世界中に蒔いていただくことができました。

夏にはあちこちの方から写真が届き、とても嬉しい夏でした。
我が家でもたくさんの花を咲かせました。
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今日、一通の手紙を受け取りました。

差出人はのぶさん。
のぶさんはニューヨークで貿易会社を経営しておられます。

去年の夏、のぶさんがベランダで朝顔を育ててくださいました。きれいに咲いた写真もいただきました。
そして今日、届いた封筒を開封してみたら出てきたのは朝顔の種。
f0061402_236074.jpg


「ニューヨークからの里帰りです」
というお手紙が一緒に入っていました。

嬉しさでじ~~~~んとしました。

今年はこの帰国朝顔も植えましょう。きっと芽を出すときには
「ハロー」
って言ってくれることでしょう。大きく育ったらアメリカのお話も聞くことが出来るかもしれません。

のぶさん!ありがとう!!

by asahikanokami | 2006-03-13 23:07 | 亡くなった娘の話

稲葉さん???

今日のお客様はご年配のご婦人のグループでした。

朝9時にはお出でになって、お昼を食べて、おしゃべりをして、4時にお帰りになりました。

日頃の憂さ晴らしとばかり、聞いていようが聞いていまいが、皆それぞれ勝手に自分の話しをしています。そのパワーたるや・・・。

お昼になり、お料理をテーブルに並べている時に楽しいおしゃべりが聞こえてきて、思わずクスリと笑ってしまいました。

「ほれほれ!静香さんの金メダル。あれって人の名前なんだど」

「はあ?金メダルが人の名前?」

「ほうでなくて(そうじゃなくて)イナバウアー。あれは人の名前だと」

「へえ~~~。イナバウアーって【稲葉】さんって書くんだべか?【うあ】さんってどういう字だべねぇ」

よほど会話に割り込んで
「それは外国の人の名前ですよ」
と教えてあげたい衝動に駆られましたが、お二人とも耳が遠いのか、大きな声で楽しそうにお話なさっていたので水をさすのはやめました。

ちなみにスケートの技の【サルコウ】はウルリッヒ・サルコウさんから、【ルッツ】はアロイス・ルッツさんから、【アクセル】はアクセル・バウセンさんのお名前から取ったそうです。(ネットで調べてみました)

稲葉宇亜さんって書いたら、なんだか日本に帰化した人みたいですね。イナバウアーさんが聞いたらさぞ驚かれることでしょう。

by asahikanokami | 2006-03-12 20:30 | 我が家のお客様