朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2006年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧


水芭蕉の森(白石市)

23日、午後から、あまりに良いお天気なのでおっとっとと白石市(宮城県)の水芭蕉の森に行ってきました。

我が家を出発して、途中でちょっと用足しをして、芭蕉の森に着いたのは15時ごろでした。

空は気持ちよく晴れていて、蔵王連峰の上に飛行機雲発見。
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途中から車一台位がやっとの山道を走り、水芭蕉の森に到着。

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入り口から歩いてすぐ、かわいいピンクの片栗の花の群生がお出迎え。
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ピンクのバレリーナです。
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しばらく歩くと湿地に出ます。木道の両側に水芭蕉の可憐な花が・・・・。森の中一面に咲いてます。その数5万株。
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感動。
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その後、日帰り温泉に入り、大河原町(宮城県)の「一目千本桜」を見に行きましたが、車と人の数に圧倒されて、近寄れず、遠目に眺めながら帰ってきました。

お布団に入ってからも目をつぶると、白い水芭蕉の花がちらついて、なかなか寝付けませんでした。

by asahikanokami | 2006-04-26 09:21 | 我が家の日常 | Comments(3)

齋藤研さんの新しい絵

齋藤研さんの個展がいよいよ22日から開催されることになりました。

今日は玄関に飾ってあった絵が運び出されました。
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残ったのは白い壁。
なんか・・・・淋しいな・・・・。

「研先生、絵が無くなったら淋しい玄関になってしまったよ」
「そうかい。じゃあ、出来上がったばかりの絵を運んでくるから」

さっそく、絵が届きました。
おっとっとと二人で壁にかけました。

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作業しているうちにさっそくご近所の方たちが
「研先生の新しい絵かい?」
って鑑賞に訪れました。

やっぱり絵があるのと無いのとでは、玄関の空気も違います。

展覧会終了までこの絵がお客様をお出迎えです。

(追記)
齋藤研先生に真ん中に描いてある四角い文字について聞きました。

ラテン語で
「種を蒔く人は収穫を保有し、収穫は種を蒔く人を保有する」
という哲学的な意味なそうです。

文字は
SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS

右から読んでも左から読んでも上から読んでも下から読んでも同じという不思議なものです。

そこで博学な友達のマンモスまさちゃんに聞きました。すぐにメールが届きました。

*********************************
SATOR  AREPO  TENET  OPERA  ROTAS

“農夫(サトール)のアレポが馬鋤(ロータス)を曳いて仕事(オーペラ)をする(テネット)”

“種まく人(サトール)のアレポが働いて(オーペラ)車輪(ロータス)を支えている(テネット)”

“神(サトール)、創造(ロータス)と人の仕事(オーペラ)と大地の産物(アレポ)とを見そなわしたまう(テネット)”

意味は色々あって・・・

オーストリアの作曲家 Anton von Webern(1883-1945)が1932年に行った講演の最後でこの言葉を「種まく人アレポはぐるぐるまわって仕事をする」の意味で引用し、音列(十二音技法)の原理は「原音列、その逆行、反行、逆反行は同価である」と説いたといいます。

SATOR
AREPO
TENET
OPERA
ROTAS

実に、美的な魔方陣です・・・☆

*********************************

博学な友人がいると、こんな時に質問して貴重な情報を教えてもらえるので嬉しいです。
まさちゃんは何でも良く知っていて、記憶力もバツグンなんです。

まさちゃん、ありがと~~~!!

まさちゃんのホームページです。
http://way6.com/

by asahikanokami | 2006-04-18 17:51 | お知らせ | Comments(4)

10・一歩

後に見学したのは高畠町にあるワイナリーです。
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ワインが出来上がる行程を見学しました。
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実はけっこう何度も高畠には遊びに来ているんです。有名な亀岡文殊堂があるので、子ども達が受験の時はここまでおまいりに来ました。

「むくどりの夢」や「泣いた赤鬼」など、私の大好きな童話で有名な浜田ひろすけさんの記念館もあるんです。

また高畠駅には温泉があってとても安く入浴できます。休憩所で休んでいると、見ず知らずのおばちゃんたちが話しかけてきて、自慢のお漬物や煮物をご馳走になったこともあります。

そしてもちろん、ワイナリーにも何度も行きました。
ここではおいしいワインを試飲できます。

みなさんはさっそく試飲の所に列を作っています。
値段の高いワインの試飲の列が長いのは当たり前なのでしょうか。

我夫婦はもちろん、試飲の列ではなくてワインソフトクリームを買って食べました。ほんのりワインの香りがしておいしかったです。

これで研修旅行は終わりです。

やはり、娘のいろいろな思い出がよみがえって、時には辛い思いもしました。

でも、今までと違っていることもありました。
それは、今まで思い出すのは闘病中の娘の事ばかりでした。
しかし、今回思い出したのは、元気な頃の娘の顔です。ニコニコ笑っている娘の顔でした。

「元気な頃の私を覚えていて欲しい。病気だったことは忘れてね」
いつか娘に言われたことがあります。

もし、私が娘だったらやはり同じように思うことでしょう。
元気な時のニコニコ笑っている自分を、楽しそうな自分を思い出して欲しい。病気の時の辛い顔の、やつれた顔の自分は忘れて欲しい。

鶴岡でも思い出したのは、娘が作ってくれたご飯、一緒に買い物に行ったこと、温泉にも行った・・・卒業式の娘・・・いつもいつも、元気でにこにこしていて、私のことを気遣ってくれていた娘の笑顔。

今思い返すと、娘が生まれて亡くなるまでの間、一度も娘のことで悩んだこともなく、私に心配かけたこともありませんでした。手のかからない子でした。

きっと普通の人が一生かけてする分量の親孝行を26年間でやり遂げてくれたのでしょう。たくさんの喜びと希望を味わわせてくれました。

ありがとう、菜穂子。
又生まれ変わってもお母さんはあなたのお母さんになりたい。

そして、最後になりましたが、ずっとずっと私を見守って応援してくださったお客様、おともだちのみなさん、ありがとうございました。

この旅行で私は又一歩、踏み出せた気がします。

by asahikanokami | 2006-04-15 09:54 | 亡くなった娘の話 | Comments(2)

9・景気回復の底力

雨と言う天気予報だったのに、雨粒は落ちることなくどんよりとしてはいますが、暖かい日になりました。

今日のお昼は米沢。
でも期待してはいけません。おなかを満たすことを第一に考えましょう。

そして案の定。
おっとっとはさっさと食べ終わりました。

次に立ち寄ったのは米織センター。ここでは米沢のお土産が買えます。米織という名前の通り、いろいろな繊維製品。ワイン、お酒、山菜、お菓子、漬物などなど。

朝からみなさん買い物三昧です。出羽の雪でお酒を買い込み、本長で漬物を買い込み、ここで又、お菓子やスカーフなどの繊維製品を買い込んでます。

研修旅行と言うよりも買い物旅行と言う感じです。都会の方よりも田舎の方のほうがお土産が多いのではないのでしょうか。
後ろに座った元気な老婦人達が
「え~~とお土産は、孫に、嫁に、娘に、息子に、ダンスサークルの仲間に、カラオケの友達に、自分の兄弟たちに、近所に・・・・・。10万円持ってきたおこずかいが2万しか残ってないわ。この後ワイナリーによるって言うから夫にワイン買ったら・・・残金いくらになるかな」
といったのにはビックリ。

お買い物は女の楽しみ。
たくさんのお買い物で日頃のストレスを発散しながら、どうぞ日本経済の景気回復の底力になってください。

かく言う私も、品物を見るとついつい買ってしまって、ほんの少々景気回復に貢献してきました。

by asahikanokami | 2006-04-15 09:50 | 亡くなった娘の話 | Comments(0)

8・今回はこのぐらいで

施設に入っているおばが倒れたと言う知らせに、仙台に飛んでいってきました。さいわい、たいした事も無く、無事に病院から施設に帰ってきましたが、昨日一日、仙台でおっとっとと二人でオロオロしてました。

さて、続きです。どこまで書いたか忘れました(笑)

翌日、雨と言う予報。あらららら。涙雨かな・・・。
昨日、時間が無くて酒田へいけなかったこともあり、出発時間が早くなりました。8時ホテル出発。

まず、最初は出羽の雪という造り酒屋さん。

上戸の方なら試飲しても違いがわかるかもしれませんが、下戸の私たち夫婦は違いがわからないのはもちろんのこと、試飲にさえ魅力を感じません。

皆さんが朝から杯をあけているのを横目で見て、資料館に行きました。酒造りに関する資料はもちろんのこと、ご主人が集めた美術品も多く展示してありました。

竹下夢二や熊谷守一の作品などもあり、下戸にとっては試飲よりもずっとずっと魅力的。じっくりと見て廻っていたら
「出発時間で~~~す」
と呼びに来られてしまいました。あ~~、もっとゆっくりと見たかったのに・・・。

次は本長というお漬物やさん。驚くほど大きなたるにきゅうりや瓜などが塩漬けになってました。これを塩抜きし、さらに漬けなおします。

たまり醤油、味噌、酒かす、梅酢、調味液など漬け込む調味料で味がいろいろ変わります。

ここでも試食。敷地内に美味しい湧き水が湧いていて、それも美味しい漬物が出来上がる一因になっているようです。

次々と試食すると喉が渇きます。湧き水で入れたお茶が美味しいこと!!

「あ~~、先にここに廻って漬物買って、それから酒屋に行ってこの漬物をつまみに試飲なら良かったのになぁ。見学の順序が逆だべぇ」
向こうで飲んべぇの誰かが騒いでいます。出羽の雪での試飲が効き過ぎたようです。

鶴岡はこれでお別れ。湯の浜から鶴岡市内には入ることなく高速に乗りました。市内に入らなかったことでちょっとほっとしました。

もし・・・バスが市内を走ったなら・・・いろいろな思い出がよみがえりまた涙が出たことでしょう。せっかくのメークが朝から台無しになってしまいます。

今回の鶴岡はこのぐらいで・・・と娘が言っている気がしました。

by asahikanokami | 2006-04-15 09:49 | 亡くなった娘の話 | Comments(0)

7・一目瞭然

さっそく温泉に入りました。窓から日本海が見えます。あいにく今日は曇り空で夕日は見ることが出来ませんでした。

そういえば、以前娘と湯の浜温泉に来た時は、良いお天気で夕日が海に沈む所を、露天風呂から二人で感激して眺めたものでした。

海に沈む夕日は天空にいるときよりも大きくて、あたり一面を金色に染めてゆっくりと沈んでいきました。

そんなことを思い出すと、ほらほら、また涙が出るよ、気をつけなさい。自分に言い聞かせます。温泉に入りながら泣くなんて正気の沙汰ではありませんから。

そしていよいよお食事です。
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「ほだから期待するなって言ったべぇ」
とおっとっと。それにしてもねえ・・・・。

「この料理で一体いくらで宿泊できるんだろうか?」
「1万ぐらいだべ」
「へえ!1万も取るの。この料理で」
「ほら、仲居さんが10人もいるべ。フロントも二人。売店にも一人。布団を取る人も必要だべ。1万とっても採算が合うかなあ・・」

二人でこっそりと値踏みです。

私の隣には若い女性お二人が座りました。いや~~、飲むこと、飲むこと。驚いてしまいました。ビールの大瓶が4本。おちょうしが二本。冷酒が二本。

それに比べて私たち夫婦。ビール一本を二人でもてあまし気味です。いっぱい飲んだお二人は顔色一つ変わらないのに、われわれ夫婦は火事場の金時のようにまっかっか。足もふらつきます。

鯛の兜揚げと言う料理が出てきました。鯛のお頭をからりと揚げたものです。
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見た目は立派ですが、食べられる部分はほんのちょっとです。
あっという間におっとっとが食べ終わりました。

「わ~~ぁ、おまえは丁寧に食べたなあ。俺の残りもやるから」
とおっとっとが自分が食べた残骸をよこしましたが・・・・。
ちょっとこれは・・・。

で、記念に夫婦揃った(?)食事後の鯛の兜揚げのお皿の写真を撮ってみました。

どちらがおっとっとでどちらが私が一目瞭然です。

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by asahikanokami | 2006-04-13 12:46 | 亡くなった娘の話 | Comments(0)

6・韓流ゴミ

ホテルに到着しました。
11階の大きなホテルです。

さっそくお部屋へ。
目の前が海。

でも砂浜に何かが無数にあります。
あれは一体なんでしょう????

疑問に思ったら速攻で行動する私。そんな私をおっとっとは物好き、ミーハーと呼びます。

なんと言われようと確かめずにはいられません。浜に行って見ました。

ガ~~~~~~~ン。

それはなんとゴミでした。多量のゴミが浜いっぱいに散らかっています。よく見るとハングル文字が書かれています。プラスチック、発泡スチロール、ビンなどなど。

謎の物体は漂流したゴミでした。フロントでお聞きしたら月に一回大掃除をするのだけど、漂着するゴミにお掃除が追いつかないのだそうです。

海水浴シーズンは頻繁に掃除するのですが、今の時期は月一回なのでこの有様とか。漁業の網にもゴミが入ってこまっているそうな。困ったもんだ。

「お~~~い!!海の向こうの方たち!!海を汚してはいけません!!地球を汚さないで~~~!!」
って声を限りに、海のはるか彼方に向かって抗議してみましたが、届くわけ無いか・・・・・。がっかり。

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by asahikanokami | 2006-04-13 12:40 | 亡くなった娘の話 | Comments(0)

5・目じりの涙

泣くまいと思うのに、涙があふててきて仕方ありませんでした。

ふと隣にも異変が起きていることにかがつきました。

目をつぶって寝ているおっとっとの目じりに涙が・・・・。
狸寝入りしてる・・・・。

娘が亡くなったときに少しの間は落ち込んでいたおっとっとですが、すぐに元気になりました。

娘が亡くなって間がないというのに大声で笑うおっとっとが信じられませんでした。この人はどう言う性格をしているのだろうと思いました。

食事も喉を通らず薬を飲まないと眠れない私は、商売をしていたから、息子がいたから、舅を無事に送るのが嫁の務めと思っていたので、その緊張だけでかろうじて精神状態を保っていました。

平気の平左に見えたおっとっと。

最近義妹から
「菜穂ちゃんが亡くなった後、てっちゃん(おっとっとを妹はこう呼ぶ)が自分だけでも元気にしてないと共倒れになる。お義姉さんが元気になるまで泣かないことにしたって言ってたんだよ」
とこっそり聞きました。自分も私と一緒に落ち込んだら、私の精神の均衡が崩れると思ったらしいのです。

娘が癌だとわかった時におっとっとが
「おまえでなくて菜穂でよかった」
といったことで、私が激怒したことがあります。
「私が癌になった方がどんなによかったか。あんたはなんてことを言うの!!」

するとおっとっとは
「おまえが癌になったら菜穂と二人でもどうしようもなかった。菜穂なら、おまえと二人で力をあわせればなんとか治してやれるかもしれない」
と言いました。それでも私はそんな薄情なことを言うおっとっとを許せませんでした。

私たちは二人で何とか治してやりたいとがんばったけど、治してやることは出来ませんでした。

いま、改めておっとっとの言葉を思い出しています。

目じりの涙。

おっとっと。あんたも辛かったのね。悲しかったのね。私と同じように。

ごめんね。あの時は誤解して。そしてずっと私を支えてくれてありがとう。

美っちゃんの天使の歌声が流れていく。
鶴岡の山々を。


きらきらきら太陽 きらきらきら輝く
きらきらきら瞳を くもらせないで
きらきらきら涙が きらきらきらひとすじ
私のほほを あつくぬらす

by asahikanokami | 2006-04-13 12:36 | 亡くなった娘の話 | Comments(2)

4・海を越えて子守唄

天童で食事を終わったら3時半を廻っていました。

本来なら酒田へ行き、山居倉庫などを見せていただき、お米についても勉強する予定でした。しかし、ここからどんなに急いでも酒田につく頃は見学時間が終了しているというので、急遽、このまま鶴岡市の湯の浜温泉のホテルに直行と決まりました。

鶴岡市の看板が見えてきました。

私はずっと仲良しの歌手の美地ちゃんの大好きなCDを聞きながらバスに揺られていました。
今日は美っちゃんのコンサートの日です。美っちゃんはきっと素敵な歌声で皆さんを魅了していることでしょう。

あたりはドンドン雪が深くなり、さながら墨絵の世界です。
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鶴岡は娘が大学二年から大学院を卒業するまで住んでいました。その間、何度鶴岡を訪れたことでしょう。

山形から鶴岡に引越しした時は我が家の送迎用の大型バスで荷物を運びました。あの時は息子も一緒で皆で大騒ぎで荷物を運びました。

桜の頃、お花見に来たこともあります。娘がいつも美味しいお店を探し出していて、アルバイト代でご馳走してくれました。
「おかあさんにも食べさせたかったのよ。おいしいでしょう」
いつも笑顔だったあの子の顔が目に浮かびます。

「おかあさん、辛さを乗り越えて、よく鶴岡まで来れたね。私も来たかったのよ」
娘の声がどこからか聞こえてきます。

CDから偶然にも『海を越えて子守唄』の曲が流れてきました。


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遠い遠いあの日の 小さな寝息が響く
夢を愛を明日を いとしいこの子に
なつかしいあの風 あの声
立ち止まり 心引き寄せて
ねんころろ ねんころろ
ねんねんころろん  ねんねしな
この子に歌う 母の子守唄

今までかろうじて堰き止まっていた涙がどっとあふれました。
あとからあとから出てきます。

墨絵の世界。娘との楽しかった思い出。みっちゃんの透き通った歌声。

人に見られるのが嫌で窓におでこをぴったりとくっつけて、涙を流しました。

by asahikanokami | 2006-04-13 12:34 | 亡くなった娘の話 | Comments(3)

3・お雛様に出会う

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天童のレストランで食事。

山形って美味しいものがいっぱいある県なんですよね。
私はきっと美味しいもの全国一は山形ではないかと思ってます。

おそば、果物、お米、漬物、お酒、野菜、牛肉、鮮魚、お菓子などなど。それに温泉がいたるところから湧き出ています。

でもね・・・レストランでのお食事は・・・ちょっと・・・。
がっかり。まあねぇ、80名の団体で、一度に食事をするのだしお値段もきっと・・・とは思います。

「団体旅行でうまいものを喰おうと思うほうが間違っているべぇ」
とおっとっとに言われました。

ああ、我が家でも肝に銘じなければ。
美味しいお料理を出すときっと新地町の印象もアップすると思います。もし反対なら新地町の印象も悪くなることでしょう。

いつも私は冗談で『朝日館は新地町の迎賓館です』なんて言っています。
新地町に来てくださったお客様をお迎えし、おもてなしするのだから『迎賓館』という自負を忘れてはいけない。(小さくて粗末な迎賓館ですみません)

早々と食事を終えて入り口に所に来たら昨日まで雛人形を展示していたとかで、お雛様を片付けている所でした。

お願いしてちょっと見せていただきました。せっかく和紙にくるんだのに又紙をほどいて見せてくださいました。

あ~~、この優雅なお雛様のお顔に出会えただけで満足、満足。

片付け中だったおじさん!見せてくださってありがとうございました。
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by asahikanokami | 2006-04-13 12:30 | 亡くなった娘の話 | Comments(0)