朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2006年 12月 ( 5 )   > この月の画像一覧


餅花(新地では団子さしと言います)

餅花を作って飾りました。
新地では団子さしと言います。
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餅花は小正月(1月14日)の飾るのが本当ですが、我が家ではお正月の雰囲気が出るので、いつも年末に作ります。

今日はお餅を搗いて紅白にして、柳の木に飾りました。新地では柳ではなくて、ミズキに飾るのが伝統らしいです。でも、ミズキがなかなか手に入らないので、柳にしました。

飾り付けるのに2時間もかかった・・・・。大広間にお花を活けるつもりだったけど、くたびれたので明日にします。

今日は大晦日。

新地の大晦日は「お歳取り」と呼ばれます。昔は数えで年齢を数えたので、大晦日に一つ歳をとる事から、こう呼ばれるのです。

仙台辺りでは歳取り魚はナメタガレイですが、浜なのに、なぜか新地の歳取り魚は塩ジャケと納豆なんです。新地に嫁いで長年たちますが、毎年不思議に思います。そのうち、長老に聞いてみようと思います。

今さっき、年越しそばを宿泊のお客様にサービスして、大晦日の今日の仕事はこれで一段落です。

明日は早朝から宿泊のお客様のおせちとお雑煮の用意があります。
初日の出の写真を撮りに行きたいのですが、はたしてそんな時間が持てるでしょうか???

「大晦日 大忙しの 女将かな」

な~~~んてのんきに俳句などひねっている場合じゃありませんね。あ~~~いそがし!いそがし!

by asahikanokami | 2006-12-31 22:58 | 我が家の日常 | Comments(2)

かぼちゃ

夕ご飯を食べていたら
「台所で何がぁ焦げてっとぉ(焦げてるよ)」
とお客様が、フロントに教えに来てくださいました。

「あっ!かぼちゃ・・・」

急いで廊下に出ると、廊下はすでに焦げくさい臭いが充満しています。台所に走りこんだら・・・・鍋が黒煙を上げていました。

「あらららら・・・・また、やっちゃった・・・」

お鍋の中は見るも無残に真っ黒。それでも意地汚く鍋から焦げたカボチャをほじくり出して、焦げた部分をとって食べてみました。

まだ黄色い部分でもカボチャは焦げ臭くて、とても食べられたものではありません。

『かぼちゃに歳をとらせるな』

これは姑の口癖でした。保存の利くカボチャでも大晦日のお歳取りまでには食べてしまいなさいと言う教えです。

昔は年齢はお誕生日ではなくて、大晦日に一つ加えて数えたので、大晦日まで保存して年越しをさせるなと言うことなのでしょう。

ふっと、そのことを思い出して残っていた大きなカボチャを半分だけ煮たのでした。そして思い出しました。
友人がお姑さんの痴呆に気がついたのがカボチャだったことを。

しっかりした人で、何でもきちんとする人だったのに、ある時期からカボチャを煮ると必ず焦がすことに気がつき、それが痴呆の始まりだったとのこと。

コトコトと煮物が煮えているのを見るのが好きで、私はいつも煮物をつくります。大根だったり、お芋だったり、おでんだったり、時にはポトフやシチューなども。

湯気を立ててコトコトと煮えているお鍋を覗き込む時に、なんともいえない満ち足りた気分になるのです。

そんなわけで、カボチャを煮たのでした。

でも・・・これで・・・実は・・・焦げたお鍋磨きは・・・二回目なのです・・・・。きゃぁ・・・・・。

by asahikanokami | 2006-12-26 10:01 | 私のこと | Comments(0)

世界中のお母さんたちへ

前回のブログ「田中キヲさん」について書きました。その時、仲良しの歌手の美地さんの歌う「世界中のお母さんたちへ」という曲を思いました。みっちゃんがいつも世界中から紛争や戦争がなくなるようにと、祈りを込めて歌っているあの歌「世界中のお母さん達へ」。

その曲の歌詞を全部書きたいと思っておりましたが、なにせ、忘年会シーズン。
忙しくて書くことが出来ずにおりました。

忙中閑有り

今夜はご披露いたします。
美地さんは、戸川昌子さんのお店「青い部屋」でシャンソンなどのコンサートをしたり、また知的障害者の仲間と「トトロサークルコンサート」をしたり、全国の聾唖学校で手話を使ったコンサートなどの活動しながら、また、自らも障害者施設の保母さんをしています。
http://mipkikaku.at.infoseek.co.jp/

この歌をみっちゃんが歌う必要の無い、平和な地球になりますように、そんな時がいつかきますようにと、心から願わずにはいられません。

「世界中のお母さん達へ」

1 拝啓 世界中のお母さん達へ
  あなたの子どもは もう 笑いますか
  あなたの子どもは もう 目を開けますか
  あなたの子どもは 平和ですか
  こんな手紙を書く失礼を
  どうかお許しください

   けれども 私は 私はあなたに
   教えて欲しいのです
   もしも あなたが 私の子ども達の
   悲しみ救える 子守唄を 
   もしも あなたが 知っているなら
   私に 教えて ほしいのです

2 拝啓 世界中のお母さん達へ
  あなたの山は もう緑ですか
  あなたの春には もう 鳥が飛びますか
  あなたの町は 平和ですか 
  こんな手紙を書く失礼をどうかお許しください
 
   けれども 私は 私はあなたに
   知っていてほしいのです
   あれから いくつもの 冬を越えて
   いくつもの春を 越えたはずなのに
   白い森はまだ 死に絶えたままで
   小鳥もとばずに いることを

3 拝啓 世界中のお母さんたちへ
  あなたは ベトナムを もう 忘れましたか
  あなたは 戦争を もう 忘れましたか
  あなたの心は 平和ですか
  こんな手紙を書く失礼を どうかお許しください

   けれども 私は 私はあなたに
   忘れてほしくなにのです
   戦いのことなど 知らないままに
   生まれてくるはずの 子どもたちが
   瞳を うばわれ 歩くことも うばわれ
   生きることを うばわれて いることを

拝啓

世界中のお母さんたちへ
あれはもう10年もまえのことでした。私たちのタンラップ村のあたり一面が、急に真っ暗になりました。そしてその時、突然、色のついた雨が、森の上にも、林の上にも、馬や牛達の上にも、そして、私たち人間の上にも、いつまでも、いつまでも降り続けました。

拝啓
世界中のお母さんたちへ
その時でした。森の木々たちはみんな、その枝をそぎ落とされましたよ。そして、馬や牛達は、みんな泥んこ水の中に頭を突っ込んで、死んで行きました。そして、私たち人間も、私たち人間もみんな、血を吐きましたよ。

拝啓
世界中のお母さんたちへ
けれど、私は知らなかったんです。色のついた雨で、私たち皆がずぶ濡れになった時に、まさか・・・・まさかその時、私のお腹にいた、この赤ちゃんまでもが、お腹の中にいたこの赤ちゃんまでもが・・・・私と一緒に、血を吐いていたなんて・・・・。

4 拝啓 世界中のおかあさんたちへ
  あなたのこどもは もう笑いますか
  あなたの子どもは もう目をあけますか
  あなたの子どもは 平和ですか


  (詞 曲 宮沢勝之 歌 美地)

by asahikanokami | 2006-12-16 20:36 | 私のこと | Comments(1)

田中キヲさん

私は子どもの頃、教科書を読むのが好きでした。教科書を買ってくると、その日のうちに全教科を読んでしまう。算数などは良くわからないけど、それでもこの一年間でどんな事を勉強するんだろうという、好奇心で読みました。

中でも読むのが一番すきなのは国語と社会の教科書。

六年生の教科書が届いた時にも、一番最初に読んだのは社会の教科書でした。六年生で習うのは歴史。ドンドン読んでいくと、最後の方のページで衝撃的な写真と遭遇しました。

その写真は、原爆の被害にあった親子。焼け爛れた赤ちゃんにお乳を含ませているお母さんの写真でした。

その写真を見た時のショックは今でもはっきりと思い出せるほど大きいものでした。

かわいそう・・・・。ひどい・・・・。どうしてこんなことが起きるの・・・・・。人間はこんなひどいことを平気で出来るんだろうか・・・・。やけどを負ったお母さん。そして赤ちゃん。わたしもいつかこんな目にあうかもしれない・・・・・。

その悲しみと恐怖の大きさは、12歳の私にとっては大きすぎました。

その写真が載っているというだけで、私は社会の教科書を開くことが出来なくなったのです。また、あの写真のページを開いたら・・・・と思うと恐くて、恐くてしかたがありませんでした。

そして、とうとう、夢の中にまであの母子が現れて、夜中にうなされるようになりました。

母が先生の了解を得て、そのページが開かないように糊で貼り付けてくれましたが、それでも教科書を触るのが恐かったのです。

私はあの親子は、原爆病で亡くなったと思っていました。長いこと、何の根拠も無いのにそう思い込んでいました。

今朝の新聞で、あのお母さん、田中キヲさんが9日に91歳で亡くなられたことを知りました。

赤ちゃんは写真撮影の10日後に亡くなったそうですが、お母さんが91歳までお元気だった(もしかしたら、原爆病で苦しんでおられたかもしれませんが)ことで、私の子ども時代からの悲しみが少し薄らいだ思いです。

二度とあのような悲惨なことが起きませんように。世界中のお母さん達が、悲しむことが起きませんように。

そして、田中キヲさんのご冥福を、心からお祈り申し上げます。

by asahikanokami | 2006-12-13 21:17 | 私のこと | Comments(3)

俳句

楽しそうなのでやってみました。俳句。
そしたら、すっかりはまってしまいました。

実は、亡き舅は川柳作家でした。福島県ではちょっと有名でした。何度か川柳を習ったのですが、その時は本気で習おうとは思わなかった・・・・。今、考えると、おじいちゃんが元気なうちに教えてもらっていたなら・・・と臍を噛む思いです。もったいない事をしました。

今の私の句を見たらおじいちゃんは何て言うでしょうか???
「みっこの句は 句でねぇ。八、いいや、七だ。句(九)までいってねぇ」
って言うでしょうね。

おじいちゃ~~ん!天国から添削しにお里帰りしてよ~~!!

では、ここに駄句をご披露いたします。
けっこうたくさんあるので、お暇な時に読んで添削やご感想などいただけたら嬉しいです。

*この道は 吾子の思い出 萩こぼる

*トラックの 荷台のみこし 過疎の村

*木守り柿 夕焼け色に 染まりきる

*てっぺんは 暮れ残りたり 木守り柿

*ポケットの どんぐり時々 出してみる

*泣き顔も 一緒に丸めて 落ち葉焚く

*本心は 括弧で括って 秋深し

*鳶(とび)が二羽 冬田見回るごとく飛ぶ

*倒れても なお空目指す 秋桜

*風のまま コスモス揺れる 過疎の町

*いっせいに コスモス揺るる 休耕田

*コスモスを 左右に分けて 風が行く

*晩秋の 海で禊の神輿かな

*小春日に 静かに揺るる 大漁旗

*お神輿が 垣の山茶花 散らし行く

*泣く子あり 触る子もあり 獅子頭

*秋の海 神輿ためらいつつ入る

*継ぐ子なく 今年限りの 秋祭り

*鮭汁の 大盤振る舞い 浜祭り

*秋風に 佳き日寿ぐ 大漁旗

*仏前に 香りふくいく 菊の花

*卒塔婆に 逝きし父母の名 秋日和

*雪虫が ふうわりと飛ぶ 母の里

*留守の間に どさりと置かれし 土大根

*キリキリと 濃き紅を引く 冬の朝

*鬼女の棲む 里とはここか 花八手

*ささやきのごとくまたたく 冬銀河

*ねんねこの 背の子に 媼の子守唄

*ねんねこや 呪文に近き 子守唄

*夫婦の日 コタツにごろ寝の 夫(つま)がいて

*共にいる いるだけで良し 夫婦の日

*海に向く 墓一塊に しぐれけり

*望月の 力に冬海 ふくらみぬ

*友と見る ミロの星の絵 冬ともし

*冬山の 上にうっすら 昼の月

*柚子湯出し 児のほほ かすかに香りけり

*日記買う 三日坊主の 我なれど

*購いし 日記にまず書く 「健やかに」

*良きことを 多く記さん(しるさん) 日記買う

*書かぬ日も ありても良しと 三年日記

*劇的な事などなくて 日記果つ


            美保子@門前の小僧

by asahikanokami | 2006-12-07 21:52 | 私のこと | Comments(2)