朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2007年 04月 ( 7 )   > この月の画像一覧


座礁船

昨日の早朝、ヘリコプターが頭上を旋回する音で目が覚めました。
なんだろうか・・・。松くい虫防除の薬剤散布のヘリかな・・・。

などと思いながら寝てました。

町議選の告示日とあって、昨日は選管の会議が町役場でありました。会議中に気がついたのですが、なんとなくいつもの役場と違って、騒然としているのです。

「何かあったの?」
「え~~・・・知らないんですか?ソ連船が座礁したんですよ」

ひゃ!そう聞いたら物好きのみっこちゃんとしては、座礁した船を見に行かずばなるまい!

だって、我が家から車で3分ぐらいのところなんだもの。うふっ、野次馬精神がウズウズするっ!!
「良い年して!」
って言ったのは誰だ!!ふん!年なんて関係ないもん!

今日になるのを待って、いそいそとカメラ片手に取材に行ってきました。野次馬ではありません。取材です。

思ったよりも浜に近い所で座礁していました。撮影したのは宮城県山元町磯浜漁協の脇です。
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野次馬の数は想像していたよりもずっと少なかったです。しかし、中に目立つ黄色のジャンパーを着た一団がいました。山元町の○候補と選挙カーの一団でした。するとまた、緑の一団。△候補の選挙カーです。

候補者にとっては選挙も大事だけれど、座礁船の見学も大事なのよね。当選したらすぐに対策に走らなきゃなりませんから。

座礁船はロシアのホルムスクから相馬港に石炭を運んでいたらしい。エンジンの部品が故障して浸水したので、相馬港の岸壁に激突するのを避けるために、砂浜に自ら座礁したのだそうだ。
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昨日の朝は、新地の沖に船体を傾けて座礁していたのに、昨日一日、強風波浪警報が出されるほどの時化で、山元町の磯浜まで流された模様です。
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幸い重油はまだ船体の中にあって、いくらかの白い油が流出しただけで済んでいるのは不幸中の幸いでした。しかし、いつ重油が流出するかわからないので、国土交通省、宮城県、福島県、山元町、新地町の関係者が対応に追われているようです。
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ちょうど漁協組合長を真ん中にして地図を広げて検討中でした。ご迷惑にならないように、そっと遠くから写真を撮りました。みなさん、ご苦労様です。
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ほんのわずかカメラを西に向けると、新地町の相馬新地共同火力発電所の高い煙突が写ります。
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今、ちょうど小女子漁の最盛期。油が流れてきたら困ります。
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風が強くて冷たくて、鼻水が出るので写真を撮ってさっさと帰ってきました。

以上、野次馬報告・・・じゃなくて、取材報告でした。

by asahikanokami | 2007-04-18 13:51 | 我が家の日常 | Comments(5)

コブシ物語

小学校の卒業の記念に、娘が庭に植えたのは、自分の背丈と同じ大きさのこぶしの苗でした。

ひょろひょろのコブシはお隣との庭の境に植えられました。
細くて弱弱しかった苗も年ごとに大きく育ちましたが、花をつけることはありませんでした。

中学校、高校と進学し、どうしても行きたいと山形大の農学部を受験した娘は、希望が叶って山形に巣立っていきました。

子供は簡単に親離れできるのに、親のほうはと言えば、毎日どうしているか案じて、なかなか子離れできませんでした。

寂しさを慰めてくれるように、娘がいなくなったとたんにコブシが花をつけました。

手紙でそのことを娘に知らせたら
「私がいなくなったとたんに咲くなんて。でもきっと私の代わりに淋しくないようにと咲いたのかもね」
と返事が来ました。

それからは毎年大きくなり、花を咲かせるようになりました。
木は一抱えするぐらい太くなり、お隣の二階の屋根を越えるほど大きくなったのです。
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大学、大学院と進んで、希望の会社に入社した娘は、喜び勇んで東京へ行ってしまいました。

そして、5ヶ月もしないうちに癌が発見され、3回も手術をしたのに、2年半の闘病も空しく2000年の4月には娘は危篤になってしまいました。

私は毎日、病院と家をなん往復もして、看病と仕事と家事をしました。毎日、今日が何日で何曜日かも、昼か夜かさえわからないような日々でした。

いつ春が来て、桜が咲いて散ったかわかりませんでした。

ある日、二階の廊下から庭を眺めたら、今まで見たことも無いほど多くのコブシが咲いていました。
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まるで無数の白い鳥が羽根を休めているかのように見えました。今までこんなにも多く花が咲いたことはありませんでした。

それはまるで娘と私に
「がんばれ!がんばれ!」
と言っているかに見えました。

思わず私は下まで走り下り、そのまま裸足で木の所まで駆け寄りました。そしてコブシの木を抱きしめて泣きました。
「お願い。助けて!あの子を助けて!!」

しかし、私の願いは天に届きませんでした。

あの子はあの子らしく最後までがんばったけれど、とうとう天に帰って行ってしましました。

娘を亡くした私は
「神も仏もあるものか」
とすべてを怨み何も信じることが出来ませんでした。

どんなに悲しんでも季節は確実にめぐり、そしてまた春がやってきました。

けれど、不思議なことに翌年にはコブシは咲きませんでした。
根元に見たことも無いほど大きな花が一つ咲いて、それっきり、後はひとつも花は咲きませんでした。
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私はまた、コブシの木を抱いて泣きました。
「あなたも悲しんでくれるのね。あの子がいなくなったことを私と一緒に悲しんでくれるのね・・・」

抱きしめるとコブシが私と一緒に悲しんでいてくれるのを、はっきりと感じることが出来ました。

あれから7年の月日が過ぎました。

神も仏も無いとすべてを怨んでいた私も、じつはあれから今日まで、多くの人やいろいろなものが私を見守り、励まし、包んでいてくださったのだと気がつきました。

悲しみから立ち上がるための支えの手を、多くの友人が差し伸べてくださいました。ほんとうにありがたかったと感謝しています。

今年もコブシの花がいっぱい咲きました。でもやはり、あのときのようには多く花をつけることはありません。

人には人の気持ちがあるように、木にも木の気持ちがあると信じています。
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by asahikanokami | 2007-04-12 23:36 | 亡くなった娘の話 | Comments(4)

テレビ放映

今日、福島中央テレビで「天国の娘へ母からの手紙」と言うタイトルで放送されました。

どんな風になるのかドキドキしながらテレビの前で緊張していました。
・・・・・泣きました・・・・。自分のことなのに・・・。

おっとっとも泣いてました。

テレビ局の方がとても上手に内容をまとめてくださっていたので、とてもよい番組になったと、手前味噌ながら思いました。福島中央テレビのみなさんに感謝いたします。

終わったとたんに、二つの電話と私の携帯がいっせいに鳴りました。
見てくださった方からの感想のお電話でした。町長さんにまで涙声でお電話をいただき恐縮いたしました。

電話は9時ごろまで続きました。多くの方に見ていただき、感動していただいて嬉しいです。
ありがとうございました。
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by asahikanokami | 2007-04-12 23:32 | 亡くなった娘の話 | Comments(0)

花見山

昨日、4月9日に花見山に行ってきました。
以前にも行ったことがありますが、その時はアジサイの季節と紅葉の季節でした。いつか一回は桜の季節に行ってみたいものだと思いながらも、大勢の人が押し寄せるテレビ映像に気後れして行けずにいました。

昨年、友人のブログで美しい桜の写真を見てから、来年は行ってみようと心密かに決めていました。

前日、天気予報を見たら「雨のち晴れ」とのこと。ちょうど選挙期間中でもあり、行くことが出来るとしたら9日だけ。とにかく朝起きてから、天気の様子を見て行くかどうか決めようと思いました。

ところが、朝起きて見たらシトシトと雨が降っています。空は曇天。おっとっとは
「あきらめた方がいい。雨の中を無理して行ったって写真も撮れないぞ」
と言います。

行くなと言われると行きたくなるのが人情。もとい!天邪鬼の私。
おっとっとの反対を押し切って
「天気予報は晴れるって言ったもん!!私は晴れ女だもん」
と強引に出かけました。

途中、相馬市から篠突く雨。
「戻ろうかな・・・」
とも思ったのですが、おっとっとの反対を押し切って出かけてきたこともあり、また、川霧が空に向かって上がって行く(晴れる印)し、西の空が明るいのでそのまま走り続けました。

福島市に到着した頃には、すっかり雨も上がり、青空になりました。恐るべし!晴れ女!!
花見山は福島市の西。細い道を通らなければならないので、ずっと離れた所に臨時駐車場があり、そこからシャトルバスが花見山までお客様を運んでいます。

臨時駐車場は川のほとり。白鳥がまだ飛び立たずにいました。
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花見山の臨時バス停から花見山までは徒歩です。ゆっくりと散策しながら、花見山を目指しました。途中からもピンクに染まった花見山がきれいに見えます。平日で雨の後。しかも14時半を廻っているというのに、ものすごい数の観光客です。今日はすいているだろうと言う予想は裏切られました。
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とりあえずは、観光客の行列に混じって歩いて行きました。

花見山は阿部一郎さんという農家の方の持ち山です。個人の持ち物を通年、無料解放しています。
したがって山に登る入り口は、阿部さんのお宅の玄関の前なのです。30分コースと45分コースと一時間コースがありました。

せっかく来たのですからもちろん迷わずに一時間コースを歩くことにしました。
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花見山はもちろんのこと、辺りの里山すべてがピンクのグラデーションです。
写真家の秋山正太郎さんが『現代の桃源郷』と言って、ここがお気に入りで、毎年通ってきては撮影したと言う気持ちが理解できます。
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まさに、桃源郷とはこういう場所を言うのでしょうね。この世とは思えない美しさです。
桜はいろいろな種類があり、種類によってピンクの色が違います。濃いピンクは花桃。花スモモ。白い大きな花は、白木蓮とこぶし。白く煙ってみえるのは雪柳の一群れ。そしてレンギョウの明るい黄色。松や杉の緑の中で美しい色です。この世のものとは思えない美しさです。
 
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あちらこちらでため息をつきながら登っていくとほどなく頂上でした。辺りの景色に目を奪われているうちに、いつの間にか頂上についていました。
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ここから眺める下界もまさに『里の春』です。
こんなにもたくさんの色彩が混じっているのに、見事なまでに美しい。もし、これが人工の色彩だったら・・・・きっとこんなに美しくは思えないことでしょう。自然の色彩に脱帽です。
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帰りもまた辺りを眺めつつ下山。あっという間に下まで下りて来ました。
 
帰り道
「今年も桜を見ることが出来た」
と思ったら、不覚にも涙がこぼれました。
 
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桜が好きだった亡き娘。昨年から今年にかけて亡くなった年下の友人達。
彼らは今年の桜を見ることが出来なかった・・・・。そして、私だってはたして来年の桜を見ることが出来るとは限りません。
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そう思うと今年の桜のなんと美しいことか!!
一時間コースをゆっくりと二時間かけて、心行くまで桜を堪能して帰ってきました。
 
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by asahikanokami | 2007-04-10 20:24 | 私のこと | Comments(2)

テレビ取材

先日の新聞記事と富岡町の「桜文」に5年前に応募した私の文章が載ったことが縁で、福島中央テレビの取材を受けることになりました。

そして朝から始まりました。テレビ撮影。
いつもスッピンでいるのですが、今日はフルメイク。何ヶ月ぶりかでマスカラなどもしてみました(笑
ちょっとでも若く見えるように赤いジャケットなども着てみました(笑
おっとっとにも新しいセーターを着せてました(笑

いつもセーターにエプロン、スッピンで髪振り乱して走り回っている私の姿が嘘のようです。馬子にも衣装です。

廊下をスタッフがウロウロして準備をしています。
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桜と娘とアイバンクのお話を中心にインタビュー。
しかし、撮影中は逆取材は無理。本当は写真を撮りたかったのですが我慢しました。

おっとっとにカメラを頼んだのですが、ちょうどお昼に某新聞社の社長が
「何かうまいものが食べたいから、朝日館に来たよ」
と来館。そう言われたら断れない。

「今、テレビ局の取材中で・・・」
「かまわないよ。待っているから」
というので、おっとっとは撮影どころではなく、一生懸命にお料理作りでした。

その間、私一人でインタビューを受け、詩も朗読しました。涙が出て途中からしどろもどろになったけど、とりあえずはオーケーでした。

おっとっとのお料理が一段落して台所に移動しての撮影。
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お皿を洗っている所も撮りたいというので、汚れてもいないお皿を洗ってます。
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そしてお仏壇の前で遺影の話。
すっかり終了するまでに4時間かかりました。(途中で某新聞社社長にお料理を運んだので、その間は待っていただいた)
終わってほっとしたカメラマンと私の顔です。
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放映されるのは12日の福島中央テレビ「ゴジてれシャトル」 という番組なそうです。福島県在住の方はどうぞご覧ください。

私はその日は出かける予定なので・・・予約録画しておかなきゃ。

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菜穂子が遺影として自分で用意していった写真です。見るたびに・・・・涙がにじみます・・・。だから普段は見えないところにおいてあります

by asahikanokami | 2007-04-08 23:10 | 亡くなった娘の話 | Comments(4)

修学旅行

昨日、テレビで昔の学校の話をしていました。

私が卒業したのは岩手県下閉伊郡岩泉町立岩泉小学校。

当時の岩泉は交通の便が悪く、山地ばかりで作物も取れず、産業は酪農だけで「日本のチベット」と蔑称されるようなところでした。

1960年代。日本はまだまだ貧しかったのです。僻地の岩泉はなおさらです。

貧しくて修学旅行にいけない子供がクラスに4分の1ぐらいいました。「全員で修学旅行に行こう」と言い出したのは先生ではなくて生徒だったような気がします。

修学旅行の1年ぐらい前から準備をしました。クラス全員で鉄くず拾い。磁石に紐をつけたものを道に引きずりながら登下校しました。放課後はリアカーを引いて空き瓶などの廃品回収もしました。

それらは売ってもわずかなお金にしかなりませんでしたが、皆で一緒にリアカーを引いて町内を廻るのは楽しかったです。

春には山菜取りをしました。中でもぜんまいは高く売れたので夢中で取りました。お母さん達も協力してくれて、とったぜんまいを茹で、筵に干し、干しあがったぜんまいは柔らかくなるように揉みこむのです。干しぜんまいは高く売れました。

そして修学旅行の費用がどうにか貯まりました。当時、私の父が国鉄バスの助役だったので、貸し切りバスの費用を安くしてくれるように本部に頼んでくれたりもしました。

また、先生達がボーナスからカンパしてくれたり、商店からも寄付が集まりました。こうして、学校始まって以来の全員が修学旅行に参加することになったのです。

しかし、一人だけ、参加できなかった子がいました。父親が
「ほかの兄弟も修学旅行にやらないのに、あの子だけやるわけには行かない」
と言ったらしいのです。先生が何度も説得に行ったのにとうとうその子は、出発の朝、学校にあわられませんでした。

修学旅行のおこづかいも、持ってこれない子供のことを考えて、本当に微々たる金額が決められました。

見送りに来た母が出発すると言う時に
「行けない○ちゃんにお土産を買って来なさい」
と言いました。
「えっ!だって○ちゃんに買ったらお金が無くなる」
と口を尖らす私に
「あんたは修学旅行に行けただけでも○ちゃんに比べたら良かったでしょ!!」
と強い口調で言うのです。

修学旅行の間中、何か安いお土産は無いか探しました。しかし、わずかなおこづかいでは、お土産が二つ買えませんでした。

シブシブ一つ買ってそれを○ちゃんのお土産にしました。

帰ってきた翌日。私は勇んで学校に行きました。○ちゃんを見つけると走っていって
「○ちゃん、これ!修学旅行のおみやげ」
と差し出しました。

しかし、○ちゃんはちらりと見ただけで、そのおみやげをつき返してよこしたのです。
「いらない」

私はムッとしました。
「どうして!せっかく、私が欲しい物は何も買わないで○ちゃんにおみやげを買ってきたのに!」

すると○ちゃんは泣きそうな顔をして
「だって・・・・それもらったら、それを見るたびに修学旅行にいけなかったことを思い出すもの・・・」
と言ったのでした。

何か言いたいと思っても言葉になりませんでした。差し出したお土産をそっとポケットにしまったら、涙がポロポロと流れました。

○ちゃんは驚いて
「ごめんね。私が貰わなかったから?ごめんね」
と謝り、クラスメートが
「どうしたの?どうしたの?」
と、ぐるりと私たちのまわりを囲みました。

泣きながら○チャンが悪いんではない。お土産を渡せなかったから泣いているのではないと説明したのですが、小学生の私は自分が何に対して憤りを感じているのか、上手に説明できませんでした。

○ちゃんでもない。自分のものも買わずに買ってきたお土産を渡せなかった悔しさでもない。もっと違う何か。

その何かに怒り、憤り、悔しがり、悲しくて泣いたのです。

お土産に何を買ってきたのか、○ちゃんは誰だったのか、すっかり忘却の彼方に行ってしまいましたが
「それをもらったら、それを見るたびに修学旅行に行けなかったことを思い出すもの」
と言う言葉だけは忘れられません。

by asahikanokami | 2007-04-04 21:16 | 私のこと | Comments(0)

庭の花

庭のヒヤシンスが咲きました。これは7年前に娘が植えたヒヤシンスです。
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こちらはムスカリ
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これも娘が植えたお花ですが名前がわかりません。
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ビオラは苗で買ってきてプランターに植えました。
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これは私のこと、ボケの花。
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春蘭もパセリも芽を出しました。
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娘が小学校卒業記念に自分の背丈と同じ大きさのこぶしを植えたのがこんなにも大きくなりました。
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枝先から少し花びらが覗いています。もうすぐ花開くことでしょう。
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実は新しいデジカメを買いました。今日は試験撮影です。

ところが撮影中に庭が草ぼうぼうになっているのに気がついてしまった・・・・・。
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見つけてしまったら放っておけません。さっそくカメラをポットに入れて草むしりをしました。
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ほんの20分ほどで草の山ができました。ついでに抜いた草の山もパチリ。

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by asahikanokami | 2007-04-03 15:23 | 我が家の日常 | Comments(2)