朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2007年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧


み~つけた!!

客室を掃除して廊下に出たら、壁に何かがいます。

なんだろう???

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シオカラトンボだ!

「シオカラトンボをみ~つけた!!」

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きっと生まれたばかりなのでしょう。羽根が柔らかそうです。
暑いので日陰でじっと涼んでいるみたいです。

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息子が大きくなっていて良かったね。もし、息子が小学生ならきっと今頃は捕虫網を持った息子に追いかけられていたことでしょう。

夏休み・・・トンボ・・・セミ・・・カブトムシ・・宿題・・・プール・・・・。

懐かしい言葉が次々に思い出されます。

娘は夏休みの初日にすべての宿題を終わり、自由研究や読書感想文などに一生懸命でした。

一方息子は、二学期の始業式の時には、半分しか終わっていなくて
「宿題を学校に持ってくるのを忘れました」
と言って下校し、その日は徹夜で宿題をしてました。

机に座らせて見張っていると何とか勉強するのに、ちょっと目を離すと、捕虫網を持って行方不明になりました。

めちゃめちゃ忙しかったあの頃。子供が早く大きくなって手が離れてほしいと真剣に願ったあの頃。

今思うとあの頃が一番楽しかった・・・・。

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P・S

明日(26日)19時30分からのNHKの「クローズアップ現代」にちょこっと出ます。

by asahikanokami | 2007-07-25 13:10 | 我が家の日常 | Comments(3)

昔話の会(雪女)

今朝、新聞を開いたら
「今日14時から双葉町で昔話の会。ゲストは川辺洋子さん」
という文字が目の飛び込んで来ました。

「川辺先生の昔話があるんだ!!」

川辺洋子さんは、私が昔語りを教えていただいている先生です。

幸い、今日は午後からの予約はありません。大急ぎで昨夜のお客様の後片付けをして、お花屋さんに注文の電話を入れて、11時に我が家を出発しました。

双葉町までは何時間かかるでしょうか???なにせ普段は半径30キロぐらいまでしか運転しない私。もし14時までに到着しなくても仕方がないなと思いながら、相馬のお花屋さんで予約していた花束買って、ついでにおむすびとお茶も買いました。

相馬市、南相馬市、と走っているうちにお昼になりました。おむすびをほおばりながら走ります。

でも、ちょっと注意しなければなりません。以前にも運転しながらおむすびを大きな口をあけてほおばっていたら、クラクションが鳴ってふと見たら、対向車を知人が運転していました。

後日
「あのな、誰も見て無いと思って、運転しながら大きな口を開けて喰うんでねぇ!どこで誰が見ているかわからないべぇ!」
って笑いながら叱られました。

で、気をつけて対向車が来ない時にぱくっ!!お茶をごくっ!

思ったよりも早く12時半には着いてしまいました。
ありゃ・・・・こんなことならおむすびなんて食べないで、どこかのお店で昼食をゆっくりと食べるんだったなぁ。

開始時間まで一時間半もあります。とりあえず駐車場に車を入れ、とことこ歩いて近くの喫茶店でコーヒーを飲んで暇つぶしをしました。

コーヒーは実にまずかった。苦いだけで味も香りもありませんでした。残すのはお店に申し訳ないような気がしてお砂糖をいっぱい入れてがんばって飲みました。お昼だというのに私以外にお客様がいなかったのもうなずけます。

それはさて置き、14時からの昔話の会は良かったです。
最初に双葉町の小学生の「せんだん太鼓」の演奏がありました。
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小さい子が一生懸命に演奏するのを見ると、ウルウルします。
撥さばきも揃っていてすばらしかったです。手が痛くなるほど拍手をしました。

それから双葉町の昔話サークルの方の発表がありました。悔しいけれど、新地町の昔語りの人たちより上手でした。

そして、川辺先生の語りが始まりました。
「雪女」

やはり、先生は違います。数段上手です。なによりも間が良いです。語りに余裕があります。緩急自在。声が小さくなったり大きくなったり。

観客は自然にお話に引き込まれて、身を乗り出してしーんとして聞いています。

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吹雪の山の中で雪女に父が凍え死させられるのを見てしまった子供。
「見たことを他の人にしゃべってはなんねぇぞ」
と命を助けられた。何年か後、大人になった男は吹雪の日に道に迷った女を助け、一緒になり何人もの子までなします。

幸せな毎日に気が緩んだ男は問わず語りに女房に昔話をします。

「あれほど・・・誰にもしゃべってはなんねぇって言ったべぇ・・・しゃべったらお前の命をもらうって言ったべぇ・・・」

恋女房は気がつくと恐ろしい雪女になっていました。
しかし、殺そうとした瞬間に、夫の側で可愛いわが子が眠っているのに気がつきます。

夫を殺したら・・・・・我が子は孤児になる・・・・。
雪女は一番下の赤ん坊だけを抱いて雪の中に消えていきました。

「お雪ぃ~~~」
必死に叫ぶ男の声は吹雪に消されて女の耳までは届きませんでした。

先生のお話が終わって一瞬、会場はシーンとなってそれから割れるような拍手が起こりました。

恐くて、そして悲しいお話でした。すばらしい語りでした。

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帰り道、川辺先生に教えていただいている幸せを思いました。

by asahikanokami | 2007-07-22 23:24 | 昔話 | Comments(0)

睡蓮と蓮の花

明日はまた期日前投票所の当番で一日中役場です。
そして今日はちょっと暇でした。

そこで、施設に入っているおばを訪ねて、その後、実家の両親の墓参りに行くことにしました。

でもその前にどうしても寄り道したい所がありました。
新地町埒木崎の沼です。

我が家を出発して、細い農道を走ること5分。到着です。
一面の睡蓮。
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白に混ざって赤い花もあります。
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モネに見せてあげたい!
フランスの睡蓮もきれいでしょうが、新地の睡蓮もきれいです。

そしてその先の沼には蓮の花。
まだ蕾が多くて満開の時にはさぞきれいなことでしょう。
何日か後にまた見に来たいと思いました。
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おばは元気でした。人恋しくなっていて、行くとなかなか放してくれません。同じ話を壊れたテープレコーダーのように話すのを
「うん、うん」
と聞いてきました。

これから先、相馬野馬追い祭り、遊海しんち祭り、海水浴、お盆と忙しい日が続きます。おまけに29日は投票日で選挙の仕事もあります。

たぶんお彼岸までお墓参り出来ないと思い、両親のお墓に行ってきました。

今までは墓守りの弟夫婦がすぐ近くに住んでいたので、私は自分の都合の良い時に墓参りすればよかったのです。しかし、弟夫婦がアメリカに渡ってしまったので、両親の墓参りをするのは私だけになってしまいました。

「忙しいからちょっと早めにお盆の墓参りだよ。この次はお彼岸でないと来れないからね。お父さん、お母さん、生んでくれてありがとう」
と頭を下げたら涙がこぼれました。

友人知人の中には、両親に愛されなかったという思いに苦しんでいる人や、反対に両親を愛せないと悩んでいる人がいます。

しかし、私は両親から本当に愛され、大事に育ててもらいました。また、自分の両親を尊敬していますし、大好きです。

改めて両親に感謝しました。夫婦としてお互いに尊敬しあい、愛し合っていた両親に育てられたということは、一番の幸せでした。

おとうさん、おかあさん、ありがとう!

by asahikanokami | 2007-07-19 22:21 | 我が家の日常 | Comments(0)

知恵袋

参議院選挙が始まりました。
選挙管理委員の私はさっそく、14日と15日の二日間、期日前投票所の当番をしました。

朝の8時半から夜の8時まで投票所に缶詰です。まだ投票に訪れる人は少なく、その上14日は台風通過で大嵐で、15日は地震で・・・・、投票所は暇でした。

投票立会人として、町内の婦人会や老人会や福祉協議会の会員の中から、毎日二人をお願いしています。

一日中役場にいることが出来るのは、もう仕事をリタイアした人が多いのです。14日は婦人会、15日は福祉協議会のご婦人でした。

暇なので、3人で一日中おしゃべりとお茶飲み。投票する人が来た時だけ、ちょっと緊張して座って見ていました。

ちょうど梅干を漬けた後だったので、私の指が紫蘇のアクで真っ黒なのを見つけて
「なぁにぃ・・朝日館さんはまだ紫蘇を塩もみなんてして漬けているの?」
「えっ?塩もみしないでつける方法があるんですか?」
「私はもう10年も前から塩もみなんてしてないよ。梅漬け汁が上がるべ。そしたらその漬け汁を鍋に入れて火にかけるの。煮立ってきたら、紫蘇をさっと煮出してすべ。すると煮汁がきれいなピンクになるからそれを冷まして、それに梅を漬けると紫蘇揉むことなんてないよ」
「へぇ~~~~~!!」

紫蘇の塩もみはけっこう大変なんです。まして我が家のようにいっぱい漬ける時は、たくさんの紫蘇を塩もみします。ちょっとおおげさに言えば、小型トラックの荷台いっぱいぐらいの紫蘇を買いました。

「紫蘇を洗うのも大変で・・・。葉っぱをもぎ取って、虫がいるから、何度も洗って、水切って・・・」
「紫蘇はね、もぎ取る前に洗うの。茎を持って大きなたらいに水汲んだ中で、さっさっと振り洗いしてからもぎ取ったら楽に洗えるべ」
「そうか・・・茎を持って洗うのか・・・」

塩もみも重労働でしたが葉っぱを洗うのも大変でした。来年はちょっと楽に梅を漬けられそうです。

お茶請けにとキュウリのお漬物を持参してきてくれました。コレが美味しいのです。

「ビニールの袋に、畑から取って来て洗ったキュウリを入れっぺ。そしたら一つまみの塩、その倍ぐらいの砂糖、そして父ちゃんの焼酎をちょっと失敬してちょこっと入れて、ビニール袋の空気を抜いてきっちりと口を結んでおけば、一日ぐらいで美味しい焼酎漬けが出来あがっから、やってみたら」
「へぇ~~~~~~!!」

ご年配のご婦人たちには、毎日の生活を豊かにする知恵がいっぱいです。

姑が亡くなってからもう10年。いろいろと教えてもらうことがなくなりましたが、こんな時に豊富な知恵を授けていただけるのはとても嬉しいことです。

そして、今、我が家の冷蔵庫には焼酎に漬かったキュウリがあります。美味しく漬かっているかどうか今晩の食卓が楽しみです。

by asahikanokami | 2007-07-18 13:20 | 我が家の日常 | Comments(2)

梅を50キロ漬けました

12日に50キロの梅を紫蘇漬けました。

半分は自家用。残りは漬け上がるのを待っている友人達のため。

去年
「小さめの梅を」
と農家にお願いしたら、小さすぎる梅でした。今年は
「大き目の梅を」
とお願いしたら、ピンポン玉ぐらいもあろうかという大きな梅が届きました。3分の1ぐらいは小さめのも混じっていますが。

実物を見ないでの注文なので、なかなか思うように行きません。

無農薬の梅なので、虫食いもあり、またアバタもありです。
せっかくの梅なので、塩も天然塩です。紫蘇も無農薬で栽培してもらいました。これまた、青虫がまぎれていて、何度も洗いました。

塩漬けをして2週間が過ぎ、紫蘇が届いたので、紫蘇を塩もみをして梅と一緒にして漬け直しました。漬け終わるまで丸一日の仕事でした。


「梅漬け」

* 雨なれば 梅の始末と 身支度す

* 亡姑(はは)まねて 祈るごとくに 梅漬ける

* 手の平に 梅の固さや 雨しとど

* 食む(はむ)人の 笑顔思いて 紫蘇を揉む

* 腰まげて 梅漬けし亡姑(はは)在りし日よ

* こぼれたる 梅一粒を 漬け忘る

* 紫蘇の香を 厨に広げて 梅雨さなか

* 漬け終えて 梅の香のする 指を持つ

あとは梅雨が明けて、炎天に並べて干すのを待つばかりです。
カビが生えずに美味しく漬け上がるかどうか、心配でもあり、楽しみでもあります。

by asahikanokami | 2007-07-17 16:03 | 我が家の日常 | Comments(2)

クローズアップ現代に出演することに

NHKの「クローズアップ現代」でも原野さんを取り上げることになりました。
今日の午前中にクローズアップ現代の方々が、取材にお出でになりました。

原野さんの歩いたルートを辿って、ずっと取材をしてこられたそうです。
これから南の方、沖縄まで取材してそれから長野まで調べるそうです。

一体なにが原野さんを日本一周自転車の旅に掻き立てたのでしょう。自転車での苦しい旅の原動力は何だったのでしょう。それが知りたいです。

原野さんが出会った人たちが異口同音に言うのは
「透明な人だった」
ということなそうです。

確かに!
澄み切っている感じはしましたね。私は高僧のような感じがしました。
明るくてほがらかで人懐っこいひとで、でも品格がありました。

NHKの方に、原野さんのすばらしさを日本中の人に伝わるようなすばらしい番組にしてくださいと、お願いしました。

26日前後に放送になる予定なそうです。
どんな原野さんに会えるか、放送が楽しみです。

by asahikanokami | 2007-07-13 22:23 | 私のこと | Comments(0)

娘のカルテ

娘には友人が多かったです。
その多くの友人の中で、娘から最後まで病室に入室許可が下りていたがAちゃん。

首のリンパ節を取り去ってしまった娘の顔は、病状が進むにつれて顔がむくんで、別人のような顔になってしまいました。

「皆に、元気な時の顔だけを覚えていて欲しいから、病気の顔は見せたくないの。だから病室には誰も入れないで」
というので、面会謝絶の札がかけてありました。そんな状態でも
「Aちゃんは看護婦さんだから、私の病状が勉強になるはず。最後までしっかりと観察して欲しい」
と、Aちゃんだけは、入室を許可されていました。

娘が亡くなってからも、Aちゃんと私の交流は途絶えることなく、結婚、長女出産と、喜びのたびに報告がありました。

そのAちゃん。

今日、久しぶりに電話があり、無事に長男が生まれたとの報告。そしてその後にちょっと口ごもりながら
「菜穂ママ(私は娘の友人達のこう呼ばれています)。言おうか言うまいか、ずっと迷っていたんだけど・・・・。私ね、ちょっとだけ大学病院に手伝いに行ったことがあるの・・・・その時ね・・・」

出産を控えて産休に入る彼女の最後の仕事に、古いカルテの整理を頼まれたのだそうです。

そして持ち込まれたカルテ。その一番上に娘のカルテが乗っていました。

「菜穂・・・」
と絶句して、カルテを抱きしめて号泣したらしい。

私はこんな時いつも、娘の意思を感じます。娘の姿は見えなくても私達といつも共にいるのだと思います。

きっと出産を控えたAちゃんのことを心配して、そしてきっとかわいい赤ちゃんが生まれるよと激励するために、娘がカルテを一番上に置いて、ここにいるよと教えてくれたのでしょう。

娘のカルテが一番上にあったことは偶然だったかもしれません。でもやはり、私には千の風が吹いていると思えてなりません。

by asahikanokami | 2007-07-04 20:32 | 亡くなった娘の話 | Comments(12)