朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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介護認定(3)

診察してくださったのは若い女医さんでした。

名前、住所、生年月日などを順調に答えたおんつぁん。
認知症などということを微塵も感じさせないパーフェクトの回答です。

しかし、徐々におんつぁんの本領を発揮しだします。

「今日は何日ですか?」

「ほだ細かいことにこだわんねぇで生活しってからっしゃ。今日が何日だかおぼえねぇの(そんなに細かいことにこだわって生活はしていないからね。今日が何日かおぼえてないんです)」

おんつぁん!おもしろい!!

「では今日は何曜日ですか?」

「何も仕事してないから何曜日でもかまわないの。ほだごとおぼえる必要ないのっしゃ(そんなことおぼえる必要ないんです)」

きゃきゃきゃ!

「では三つの言葉を私が言いますから、あとから同じように言ってみてください。さくら。ねこ。電車。はい、続けてどうぞ」

「犬、馬・・・」

い・い・犬???う・う・馬???

「いえいえ、私が言ったとおりに同じ言葉を言って下さい」

「はぁ、そうすか。しりとりだと思って」

おんつぁん、しりとりになってないよ~~~!!

「では、今私が言った言葉の、さくら、ねこ、電車という三つの言葉を後でまた聞きますからしっかり覚えていて下さいね」

「先生。私は小さい頃から頭が悪くてねぇ、学校の先生や親たちから怒られて育たんでがす(育たんです)ほだがら(そうだから)覚えられねぇがも知れねえよ」

そしていくつかの質問が続き
「ではさっきのみっつの言葉を思い出して下さい」

「はぁ・・・忘れだなぁ・・・」

「最初はお花の名前でしたよ」

「サクラかな・・・」

「そうです。次は動物でしたね」

「動物だと・・・ねこかなぁ」

「そうです。最後は乗り物でしたね」

「はぁ・・・ジュースかな」

ジュース?ジュースって?????

「飲み物ではありませんよ。乗り物ですよ」

「乗り物?ほんでは電車かなぁ。当たったか?大当たりか?当てずっぽうで言ったら正解だったか。あっはっはっはっは」

くっくっくっくっく。おんつぁんおもしろすぎる。

いろいろな質問やテストをされて、最後は頭のCТを撮って、立派な認知症とのお墨付きを頂き、来るときとは比べ物にならないほどのテンションの高さで帰ってきました。

おんつぁん。平成6年に皮膚科のお医者様にかかって以来、病院に行ったことがなかったらしいのです。病院と聞いて、ちょっとしり込みしたらしい。今朝のテンションの低さは病院が怖かったからだって。

「診察なんぞたいしたことがねぇ。もっとおっかねぇがと思ったのに(もっと怖いかと思ったのに)」

おんつぁんの意気地なし!!

by asahikanokami | 2008-08-25 23:15 | 我が家の家族と親類

介護認定(2)

私に仕事がなかったら、きっとおんつぁんをもっとしっかりとお世話が出来ると思います。

しかし、零細旅館の我が家。私が仕事をしないとつぶれてしまいます。

舅の介護の時も同じことを思いました。仕事も忙しい。介護もしなければならない。体が二つ欲しい。

おんつぁんの面倒を見ていると、仕事に支障が出てしまい、このままいつまでもおんつぁんの世話をすることもできません。おんつぁんと入院しているおばちゃんを今後どうするかを考えなくてはなりません。

相談にはならないおんつぁんを除いて、義妹夫婦と入院している叔母と我々夫婦とで今後のことを話し合いました。
もう二人で生活は無理。どこか施設を探して入所してもらう。費用ねん出のために自宅は処分すると決まりました。

ただ、叔母のときもそうでしたが、なかなか、空きのある施設を見つけるのは大変です。何十人待ち、中には何百人待ちという施設もあるのです。

しかし、たとえ施設が見つかったとしても、介護認定を受けていないとどこにも入所できません。

まずは二人の認定をしてもらおうということになりました。

仙台に入院中の叔母は義妹夫婦が手続きをしてくれることになりました。
入院している病院の相談室で、書類を揃えてもらえて、区役所に提出して介護認定の申請をしてきてくれたそうです。

残るはおんつぁん。

入院しているわけではないので、どこかの病院に連れて行って診察してもらい認知症だという証明をもらって区役所に提出して申請をしようと相談がまとまりました。

「おんつぁん、病院に行くよ」

「行がねぇ。どこも悪くねぇから」

「あのね、区役所から書類が来て、おんつぁんがどこも悪いところがないっていう証明を持ってきて下さいっていうのよ。だから病院に行って診てもらわなきゃならないんだよ」

「・・・・・・・」

いつになくしょんぼりと車に乗り込んだおんつぁん。病院が近くなるにつれてますますおとなしくなりました。あれ?どうしたのかな??

病院でまずは問診。介護認定のための診察というとお医者様が
「えっ!診察は、先ず区役所で介護認定の申請をして、区役所から書類が届いてそれからになります。申請しないと診察しても無駄ですよ」
とおっしゃいました。

ぎゃぁ!

それでもおんつぁんを引き取って面倒を見ているいきさつなどを詳しく聞いて下さり
「大変ですねぇ。実の親でも面倒をみない人が多いのにおじさんの面倒を見ているなんて」
と感心して、とりあえず診察だけでもしてくださることになりました。

ほっ!!

by asahikanokami | 2008-08-25 22:42 | 我が家の家族と親類

介護認定(1)

おんつぁん(おじさんという方言です)が我が家にやってきてはや12日が過ぎました。

思いがけず介護の生活がまた始まりまってしまいました。どうしてこうも次々と介護の役目がやってくるのでしょうか。

はじめは叔母でした。この叔母は舅のまさいっつぁんの妹、おんつぁんの姉になります。

子供がいないおば。30年前の交通事故で頚椎損傷をしているので、足がしびれたり、体のあちこちに痛みが走ったりで、年中入退院を繰り返していました。

叔父が亡くなり、子供がいない叔母が入院するたびに、看護に呼ばれました。そしてもう一人で生活ができなくなり、有料の介護施設に入りました。

その間、施設を探し、入所させ、自宅を処分するのをほとんどおっとっとと二人でしました。役所のいろいろな手続きの面倒なことったら・・・・。

入所してからも淋しいので何かにつけて呼ばれます。施設からもいろいろな連絡があり、片道1時間半を出かけなければなりません。これが結構大変なんです。

そこに舅が痴呆になり、介護。最後は寝たっきりになりました。この時のことは「楽しい介護日記 まさいっつぁん」という本に書きました。

舅をお空に送って、叔母も最近はちょっと落ち着いて、やれやれと思っていたら、今度はおんつぁんが飛び込んできました。その配偶者の叔母も入院中です。

退院したら二人の生活の面倒をみなければならなくなります。
まさいっつぁんは4人兄弟です。そのうちの3人プラスおんつぁんのおばちゃんを見ることになります。

そして・・・・ここだけの話ですが、叔父や叔母が終わったらきっと、今度はおっとっとの介護が待っている予感がします。

私の人生は介護、介護、介護で終わるのかしら。このままだと日本一の介護者になれそうです。

目指せ!日本一!!
・・・・って・・・・それは・・・ちょっと嫌だなぁ・・・。

by asahikanokami | 2008-08-25 22:09 | 我が家の家族と親類

飛び入りのお客様

13日の朝、見知らぬ方から電話があった。
「〇〇と言います。お宅のおばさんが救急車で運ばれました」

ひゃぁ!!大変!!!

どうやら叔母はパニック症候群になったらしい。
突然の発作で、ご近所の方が救急車を呼んだようだ。

そして・・・・残ったのは痴呆気味のおじ一人。子供はいない。

お盆休みで我が家は猫の手も借りたいほどの忙しさ。叔父の世話をするために叔父の家に行くことも、叔父を我が家に連れてくるために迎えに行くこともできません。
義妹に頼んで叔父を通れて来てもらいました。

13日からお盆の飛び入りのお客様です。

どうして自分一人実家にいるのか理解できない様子でしきりに
「女房が待っているから帰る」
というのをなだめるのに一苦労。いくら言って聞かせても叔母が入院しているのが理解できないようです。

言って聞かせるとその時は納得するのにすぐまた
「帰る」
と言い出します。目を離したすきにひとりで出かけてしまします。

駅まで3回も迎えに行きました。常磐線は1時間に1本しかないのでこんな時は助かります。都会みたいに交通の便が良かったらきっと一人でさっさと帰ってしまったことでしょう。

夜中にも
「なんで俺が一人でここにいるんだ。ここはどこだ」
と大騒ぎ。家族だけならいくら大きな声でも良いのですが、お客様も大勢泊まっているので静かにさせるのが大変です。

耳が遠いので小さな声で言い聞かせても聞こえないし・・・。

以前の私なら叔母のようにパニック症候群になって入院したかもしれません。
しかし、舅の介護を経験したおかげで、なにを言われても、何が起きても動じない私がいます。

冷静に叔父に言い聞かせている私を発見して、改めて
「人生には無駄がない。起きていることはすべて必然。人生勉強」
といつもテレビで美輪さんや江原さんが言っている言葉を
「本当にそうだなぁ」
と思います。

舅を介護した日記『楽しい介護日記 まさいっつぁん』に続く第二冊め『楽しい介護日記パート2 まさしさん』でも書こうかしら(笑

by asahikanokami | 2008-08-19 20:38 | 我が家の家族と親類

新地ビエンナーレ2008

8月2日から相馬新地共同火力発電所の中のわくわくランドというところで『新地ビエンナーレ2008』という美術展が開催されておりました。

開催は今日まで。今日が最終日なんです。これは、なんでかんで(どんなことがあってもという意味の相馬弁です)いかなければなりません。

ちょうど仕入れから帰ってきたおっとっとは、仕入れてきたカニをゆでたり、魚をさばいたりと大忙しです。おっとっとも見に行きたいだろうに、留守番をさせて私一人出かけるのはちょっと気が引けます。

でもねぇ・・・・見たいなぁ・・・・。恐る恐るお伺いを立てたら
「行ってきたらいいべぇ」
という返事。

おっとっとの気が変わらないうちに、それっとすぐに車で相馬新地共同火力を目指しました。

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入口には大きな看板。

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わくわくしながら入っていくと、この展覧会の中心になっている齋藤研画伯が立っていらっしゃいました。

「先生、ブログに載せたいので、中に展示されている絵の写真を撮ってもいいですか?」

「良いよ」

許可をいただいたのでまずは先生をアップでパチリ。

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「ハンサムに写してくれよ」
と頼まれたのですが、なんだか気難しい顔になってしまいました。先生ごめんなさい。

最終日とあって見学する人が引きも切らずに訪れていました。その方たちが写らないように、そして鑑賞の邪魔をしないように写真を撮ってきました。

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写真を撮っていたら鑑賞していた中年男性の一群の声が聞こえました。

「わからん・・・」
「理解できない・・・」

現代美術は難しいです。頭で理解しようとしても無理です。わたしは理解などできないと最初から諦めて
「わぁきれい!」
「へぇ~~おもしろい!」
「ひゃぁ~、これはなんだろう???」
と楽しんできました。

たくさんの作品があったので見ごたえがありました。

そして小学生と中学生の描いた『新地百景』

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新地町のシンボルの鹿狼山(かろうさん)を描いた作品が多かったです。これは鹿狼山が新地町民にとっての心象風景なのだという証拠です。

鹿狼山。私も大好きです。

by asahikanokami | 2008-08-11 21:22 | 新地町の人々

梅を干す

7月中ごろからずっと曇りや雨の日ばかりで、漬けた梅を干すことができませんでした。

早く干したくてじりじりしていたのですが、お天道様が顔を出さないのでいたしかたがありません。

そして立秋の今日になって、やっと晴れました。久しぶりに朝から良いお天気です。ここ一週間は晴れの日が続く予報です。嬉しくなりました。

気温が上がったので海水浴のお客様が増えていそがしいのですが、そんなこと言ってはいられません。

さっそく駐車場の隅にざるを並べて干しました。
忙しい仕事の合間に梅をひっくり返し、その感触を楽しみました。ふっくらです。とても良い香りです。そしてとてもきれいな色です。


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干し上がりが楽しみ!!

by asahikanokami | 2008-08-07 22:26 | 我が家の日常

遊海 しんち

今日は「遊海 しんち」というイベントがありました。「遊海」は「ゆかい」と無理やり読ませます。ちなみに、名付け親は私です。

我が家は昨日も今日も大忙しです。でもその忙しい合間を縫ってカメラを片手に浜まで走って行ってみました。

途中ですれ違ったり、追い越したりしたご近所の方に
「カメラを持ってそんなに急いでどこに行くの?」
と聞かれました。

もちろん
「取材よ!」
と答えました。ご近所さんはきっと私がどこかの新聞社に頼まれて、遊海しんちの記事を書くのだと勘違いしたかもしれません。そんな大それた取材ではありません。「朝日館の女将のてんてこ舞い日記」のための取材です。

息せき切って到着した釣師浜ではちょうど漁船のパレードが始まったところでした。浜辺からではうまく撮れそうにないので、築港の先端まで行っての取材です。

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座礁船の方向に向かって進んでいきます。

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なかなか勇壮です。そして大漁旗をはためかせて進む姿は壮観です。

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漁協前では模擬店も出ていました。地場産品などを売っています。

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それからビーチバレーも。

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もちろん海水浴客も。曇り空でちょっと肌寒かったのですがそれでも海に入っている人がいました。

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真中のアマチュア無線の大きなアンテナが上がっている白い四角い建物が我が家です。海まではこの近さです。

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そして、ちょっと振りむいたら堤防のところで一生懸命に作業している人がいました。

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近づいてみたら花火師の方たちでした。

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その花火は、浜で打ち上げられて我が家の真上で開きます。花火を台所の窓から眺めながら皿洗いをしました。昼に一生懸命に作業していた花火師さんの姿が思い出されて、いつもよりもきれいな花火だと思いました。

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by asahikanokami | 2008-08-02 22:54 | 新地町の人々