朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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お昼ごはん

十一時までに入所して、いろいろな書類の手続きをする手はずでした。

途中でお天王様に寄ったり、妹夫婦を乗せて一緒に行ってもらうつもりだったので、少々早く自宅を出発しました。

そしたらなんと予定よりも一時間も早く到着してしまいました。

おんつぁんは〇〇ホテルにも寄らず、〇〇旅館にも寄らないので
「〇〇ホテルはここだ!・・・・ありゃ・・寄らねぇのが。ここでねえのが。〇〇旅館はここだ!・・・・ありゃ、ここでもねぇのが。どこさ行くんだべ」

と大騒ぎをしています。

お願いする施設は大きな建物で中は明るくてとても良いところでした。

おんつぁんのお部屋は5階。目の前におんつぁんが泊まりたかった〇〇ホテルと〇〇旅館が見えます。

「おんつぁん。ほらホテルも旅館も見えるよ。良いところだねぇ。良かったねぇ」

「あんたらもここに泊まるのか」

「ここはおんつぁんしか泊まれないんだよ」

「良いから、みんなで泊まれ。俺が金を出すから」
そう言っておんつぁんは六千円入った財布を出しました。

「六千円ではみんなは泊まれないなぁ」

「いいから、おんつぁんんだけゆっくりと泊まってございん(泊まっていらっしゃい)」
と妹が言うと
「一緒に帰る」
と言い出してしまいました。さっさと上着を着て帽子をかぶって帰り支度です。

そこにジャストタイミングでお昼ごはんになりました。

おんつぁんがお昼ごはんを食べている間に、書類にサインをして、こっそりと帰ってきました。

帰り際に食堂をのぞいてみたら若い介護士さんがつきっきりでおんつぁんのお話を聞いて下さっていました。おんつぁんは上機嫌で何か話をしていました。

良かった。

昨夜、心配になり施設に電話で様子を聞いたら、落ち着いて生活しているようで、帰ると言っていないようです。
すごく安心しました。

こうして、私の四十日に及ぶ介護生活は終了しました。

ほっとしたら、疲れが出て今日は何もしたくありません。ちょっと熱もあるみたいですが、どうしても書いておきたくてパソコンに向かいました。

どんなふうに年齢を重ねるのか、お金をどう使うのか、そして所詮、人間は一人では生きていけない。
いろいろな人にお世話になるのだから、感謝の心を忘れてはいけないことなど、ものすごくたくさんのことを学んだ40日でした。

私を陰で支えてくれた二人の妹とその旦那に感謝です。そしてもちろん一緒に頑張ってくれたおっとっとと息子と我が家のパートさんたちにも感謝です。

そして最後になりましたが、こんな愚痴めいた日記を最後まで読んでくださった皆さんに感謝します。

ありがとうございました。
解放感でいっぱいです。

by asahikanokami | 2008-09-23 12:10 | 我が家の家族と親類 | Comments(4)

お天王様

おんつぁんとお茶を飲むと、いつも小さい時の話になります。
その時出てくるのが「お天王さま」という言葉。

「子供の時になぁ、お天王様のお祭りがあっと(あると)線路歩いてお祭りに行ったのっしゃ(行ったんだよ)」

「線路歩いて危なくなかったの」

「危なくねぇ。汽車なんかそんない通らねぇんだから。線路はまっすぐだべ。線路を歩くのが一番近いんだ」

子供のころの一番楽しかった思い出のお天王様ってどこだろうと思ったら、そこはお隣町、宮城県山元町山下笠野にある八重垣神社の通称だということがわかりました。

昨日の朝
「おんつぁん出かけるよ」
と声をかけたら、眼鏡と帽子をテーブルの上に置いたまま出かけようとしました。

「おんつぁん。もうここには戻ってこないんだよ。自分のものは全部持ってね」

「いいや、戻ってくるからここに置いておく!!」
おんつぁんが怒鳴りましたがおかまいなしに、すべてのものを持って、車におんつぁんを押し込みました。

おんつぁんは乗ってしまえばご機嫌です。窓から景色を眺めては
「ここはまだ新地か。ほう、ここから山元町だな」
と喜んでいます。

おっとっとが八重垣神社の境内に車をとめました。

「おんつぁんお天王様だよ」

一瞬にして幼い時の記憶がよみがえったようです。おんつぁんは嬉しそうに神社を眺めて
「なんでここに来たの?」

「おんつぁんが来たいと思っているから連れてきたんだよ」

「なんでそんなことがわかんの」

「おんつぁんはいつもお天王様の話をするからわかったんだよ」

おんつぁんはもう二度とお天王様にも新地にもこれないと思う。

そう思うと、おんつぁんの笑顔を見るのが辛かったです。

by asahikanokami | 2008-09-23 12:09 | 我が家の家族と親類 | Comments(0)

秋保温泉

おんつぁんが入所したのは、仙台市の西、仙台の奥座敷と呼ばれる秋保温泉の一角にあります。

新しくて大きな施設でした。

前日、もしも行かないなどと言い出したら困ると思い、おんつぁんに入所することを告げました。

「おんつぁん。おんつぁんのお世話をしてきたけど、おんつぁんがあまり怒鳴るから、もうお世話できないんだよ。おんつぁんを預かってくれる施設が見つかったから、明日からそこに行くからね」

「どこにも行かねぇ!!勝手に決めるな!!」

「あのね、秋保温泉にある施設なんだよ。きっと温泉もあるよ。大きな建物みたいだし、おいしいごはんも作ってもらえるし、大勢いるからお友達もできると思うよ」

おんつぁんがニコッとしました。

「秋保温泉か。〇〇ホテルがあるなぁ。〇〇旅館にも行ったことがある。地図持って来てけろ(くれ)。仙台からどこ通って行くのか忘れたから」

おんつぁんはネットで調べてプリントした地図を見てご機嫌です。自分の立場を理解できていないのを見るとかわいそうで悲しくなってきます。

持っていく衣服や身の回りのものをそろえて、名前を書きました。大好きなコーヒーも大きな瓶を買ってきて、マグカップと一緒に入れました。

「おんつぁん。おんつぁんが大きな声で怒鳴るから叔母ちゃんが病気になったでしょ」

「ほだ(そうだ)俺が怒るからあんべが悪くなったんだべなぁ(具合が悪くなったんだ)」

「私もね。おんつぁんが大きな声で怒鳴るからもうお世話したくないんだよ」

「俺は皆に嫌われたなぁ」

「だからね、大きな声で怒鳴ったらダメなんだよ。もう誰もおんつぁんのお世話をしてくれる人がいなくなるからね」

「性分だもの仕方ねぇべ。うちのお母ちゃんも秋保に来るのか」

「叔母ちゃんは行かないんだよ。おんつぁん一人だけだよ。叔母ちゃんはおんつぁんが怒鳴るからもう一緒に生活したくないんだって」

「俺は嫌われ者だなぁ・・・・」
その時おんつぁんの目の奥に光るものがあったように見えました。

ところが、それから一時間もしないうちに
「秋保温泉の〇〇ホテルに泊まるのか?うちのお母ちゃんも来るんだね」
とニコニコ顔で地図を眺めているおんつぁん。

良かった。おんつぁんが呆けていて良かった。
もし
「そんなところに行きたくない」
と泣かれたなら、どんないか辛かったかと思いました。

by asahikanokami | 2008-09-23 12:07 | 我が家の家族と親類 | Comments(0)

施設入所

なんて静かな朝なんでしょう。心が喜んでいるのがわかります。朝の光が輝いています。風が心地良いです。

おんつぁんが朝早くから空ている部屋を開けようとしてガタガタする音がありません。何よりもあの怒鳴り声が聞こえません。

仙台に住んでいる妹が見かねて、仙台市にどこか入れてもらえる施設はないかと相談に行ってくれました。

しかし、仙台市では公的な施設に入所を待っている人は一万人以上いるのだそうです。介護認定が5(ということはなにも自分ではできない人です)の人でさえ四百人以上も待っているのだそうです。

有料の施設なら入れる所もあるのですが、入所するときの負担金やら利用料は高額です。

おんつぁん達は老後のためとコツコツと貯めたお金が結構あります。それを使ってお金がかかるかもしれないけれど、入れる施設を探してもらおうと思いました。

しかし、叔母がお金を出せないと言い出しました。おんつぁんを施設に入れて自分は自宅に戻って生活したい。そのためにお金は使いたくないというのです。

「老後のために使いたい」

えっ!!八十歳を過ぎた人の老後っていつのことなんでしょう。こういう時に使うために貯めたお金じゃないのって思いますが、叔母はお金を使うのを渋ります。

叔母の不安もわからないではありません。子供がいないのですから、これからの生活はお金だけが頼りです。

しかし、二人で有料の施設に入ったとしても、一生安心して過ごせるぐらいの預金があるのです。

お金を出してもらえないとなると入る施設がありません。支援センターの方やケアマネージャーの方が、高額でない施設を探し交渉してくださるのにだいぶご苦労だったみたいです。

「村上さんのところで商売に支障が出ているのであれば、それを一番に考えますから」
と言って下さり、とにかく三十日までは一時入所できる施設を探して下さいました。利用料金も一時入所なので一日六千円ぐらいのようです。叔母もやっと承知しました。

十月以降については、その間にどこか探して下さるそうでほっとしました。

そして昨日、おんつぁんはそこに入所しました。

by asahikanokami | 2008-09-23 12:06 | 我が家の家族と親類 | Comments(0)

もう限界・・・・

おんつぁんが我が家に慣れるにつれて営業にも影響が出てくるようになりました。

朝早くから空き室を点検して歩きます。間違ってお客様がいらっしゃるお部屋を開けたりします。

客室はもちろん、給湯室や布団部屋などすべてのお部屋の鍵を閉めました。

ところが何をするにもまず鍵をあけなければならないので、面倒なことこの上なし。

何度言ってもお風呂上りにパンツ一丁で歩き回るので、お客様から苦情がきました。

洗面所をいたずらして床一面が水浸しになったり、庭の草と一緒にお花も引っこ抜かれて庭が丸坊主になったり、ゴミ袋の中から捨てるカーテンを引っ張り出して駐車場に一面に敷き詰めたりと、困った出来事が続きました。

引き出しをひっかきまわして、あちこちに品物を移動するので、はさみ一つでも探さないとなりません。

いろいろ考えて、おっとっと相談をして、おんつぁんの世話はもうこれ以上は無理だと結論が出ました。

かわいそうだけれど、どこかの施設で預かってもらおうということになりました。

by asahikanokami | 2008-09-22 22:41 | 我が家の家族と親類 | Comments(2)

おんつぁんはDVだった

あまり交流がなかったおんつぁんと暮らしてみて、はじめておんつぁんがDVだということがわかりました。

ちょっとしたことでも怒鳴ります。

朝、起きてこないので
「おんつぁん、おはよう。起きてこないから心配で見に来たよ」
と言ったとたんに
「寝坊した!!」
って怒鳴られました。

着替えをしないので
「おんつぁん。下着を着替えてね。明日洗濯をするから」
というと
「いちいちうるさい!着替えなんかしない!!」
って怒鳴ります。仕方がないので、おんつぁんがお風呂に入っている間に、こっそりと下着を交換していました。

叔母が介護鬱になった理由がわかりました。

私も毎日怒鳴られているうちに次第に疲れてきました。

「おんつぁん。どうして怒鳴るの。私、おんつぁんに怒鳴られるたびに心臓がドキドキするんだよ」

「私だって誰にでも呶鳴るわけでないの!知らない人には怒鳴らないの!あんたとはこの頃慣れてきたから、怒鳴るのっしゃ(呶鳴るんだよ)」

「ええっ・・・なれたから怒鳴るの・・・。怒鳴られるならおんつぁんと慣れたくないなぁ。いつまでも知らない人のままのほうがいいなぁ」

「仕方ないべぇ。ずっと一緒にいるんだから」

なんだかわけのわからない理由をつけて、おんつぁんの怒鳴り声が一日中響きます。

その声の大きさにすっかり疲れてしまいました。

by asahikanokami | 2008-09-22 22:39 | 我が家の家族と親類 | Comments(0)

お墓の前で

お彼岸が近づいたので18日におんつぁんとお墓のお掃除に出かけました。

我が家のお墓は歩いて10分ほどのところにあります。

お墓の草むしりをしながらちょっと意地が悪いかなとも思ったのですが、どうしても言いたいことがありました。

「おんつぁん。まさいっつぁんに謝った方がいいんじゃないの」

「なして?(どうして)」

「おんつぁん。まさいっつぁんと喧嘩して、もう実家の世話にはならないって啖呵切ったでしょう」

おんつぁんはちょっと遠くを眺めていましたが
「ああ・・・そういえばそんなこと言ったなぁ・・・世話にならねぇってしゃべったのに、こうして世話になっているなぁ・・・・」

どうやらはっきりと覚えているみたいです。

「その後、ご近所にわざわざ菓子折りを持参してまさいっつぁんの悪口を言って歩いたでしょう」

「言って歩いたなぁ」

「まさいっつぁんは兄弟に悪口を言って歩かれるなんて、こんな情けないことはないって泣いていたんだよ」

「・・・・・・・」

「喧嘩は両方が悪い。だけど悪口を言って歩くのは間違っていると思わない?まさいっつぁんにごめんねって言ってね」

「仕方ないべ。俺はそういう性格だから」

とうとうおんつぁんは謝りませんでした。おんつぁんにはおんつぁんの意地があるのでしょう。

舅、まさいっつぁんとおんつぁんの兄弟喧嘩から20年近くたちます。その間、おんつぁんと会ったのはお葬式の時ぐらいです。

そして突然、呆けたおんつぁんが我が家にやってきました。

実家だからという理由だけでどうして私が介護しなければならないのかという不満を抱えたまま、8月13日に有無を言わさず介護生活に放り込まれたのでした。

by asahikanokami | 2008-09-22 22:38 | 我が家の家族と親類 | Comments(0)

売った???買った???

せっかく蕎麦打ち道具を一式そろえたのに、一度も練習しないまま、そば打ち教室の日がやってきてしまいました。

8月は教室がお休みだったので2か月のブランクは、そのままわが脳みそのブランク。すっかり手順を忘れています・・・。あらまぁ・・・・・。

これではならじと、一緒に習っているパートさんとそば打ち練習をすることにしました。せっかくだからとほかのパートさんも呼んで、総勢4名でそばを打ちました。

試食係はおっとっととおんつぁんと、そしてたまたまおいでになった齋藤研画伯(独立展審査員)の3人。

教室で先生に教えていただいたことを思い出しながら、どうにか無事にそばらしきものが出来上がりました。

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伸ばすところまではうまくいったのですが、なにせ切り方が下手で、太いそばあり、細いそばあり。

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そこがまた手打ちらしい風情だなどと自画自賛しつつ試食しました。

おいしかった!!

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「おんつぁん、私が打ったおそばはおいしいでしょ?」

「あんたが買ったんだすぺ?(買ったんでしょ?)」

「違うよ。打ったんだよ。私が打ったんだよ」

「うった???買ったんだすぺ?」

「だからね!!打ったの!!!」

「うった???うった???」

どうしても会話が平行のままです。
そしてハタと気がつきました。

「打った、買った。売った、買った」

そうか!!
おんつぁんは
「売ったそばではなくて買ってきたそばでしょ」
と聞いているのに私は
「買ったそばではなくて打ったそばだ」
と答えていたのです。

あはっ!

by asahikanokami | 2008-09-14 22:18 | 我が家の家族と親類 | Comments(2)

来年の大河ドラマの作者と

今日は相馬市にある「ギャラリー馬美」のまみちゃんの御主人が車を運転してくれるというので、郡山市での「民報サロンの集い」というのに行ってきました。

これは福島民報新聞に「サロン」という読者参加の随筆コーナーがあり、その執筆者の集いです。

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昭和48年から続いているこのコーナーは、すでに第106期の執筆が終了し、執筆した人は2000名を超えたそうです。

わたしは第61期の時に、エッセーを6回書かせていただきました。まみちゃんは92期です。

会場には執筆経験者が400名集まりました。最高齢者は94歳!!

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会場を見回すと知っている方もいらっしゃいました。
会場の隅でひときわオーラを放っていたのは、「川柳三日坊主」を主宰していらっしゃる佐藤良子先生。亡き舅の川柳の先生です。今でもそのころとお変わりがなくてお元気で驚きました。

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記念講演があり、来年の大河ドラマ「天地人」の原作者である火坂雅志氏が『天地人を語る~直江兼続の義と愛』と題してお話をしてくださいました。

兼続の一生を通して、武士道について、武士道の根本についてお話をしてくださいました。

武士道を支えている二本の柱。「義」「愛」
義のことわりが義理なそうです。

兼続の兜の前飾りは「愛」という一文字がついています。愛とは「仁愛」を指すそうです。

「義理」と「仁愛」をわかりやすく言うと「弱きを助け強きをくじく」ということだとか。

とかく弱きをさらにいじめ、強きに揉み手でへつらうという昨今の世情を憂うというお話でした。

途中で眠くなるのではないかという心配などどこかに飛んで行って、最後まで興味深く楽しく拝聴いたしました。

講演終了後、一緒に出席したまみちゃんと民報新聞社長と一緒に記念写真を撮りました。

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すっかり火坂先生のファンになってしまいました。来年の大河ドラマがとても楽しみです。

久しぶりの外出だったのですごく楽しい一日でした。

by asahikanokami | 2008-09-10 22:10 | 私のこと | Comments(2)

写真屋さん

おんつぁんの職業は写真屋さんでした。

優等生であの時代に大学にまで行ったまさいっつぁんと違い、おんつぁんは遊んでばかりで勉強が嫌いだったそうです。

旧制中学の入試に失敗し、農蚕学校に行ったのだそうです。親たち(おっとっとの祖父母)は
「頭が悪いから手に職をつけた方が良い」
と写真屋さんの弟子に出したのだそうです。

修行を終えて仙台で開業しました。結婚相手が美容師だったので、一階が美容室、二階が写真館でした。

今でも開業しています。しかしもう呆けた写真屋さんに来る人はなく開店休業が何年も前から続いているのです。美容院の方は、お得意さんが数名いて、毎月その方たちが来てくれるそうです。

店は自宅のそばで、貸し屋です。借りています。自宅があるに一日中店にいて、自宅は寝るときだけ帰るという生活なようです。

借り賃がもったいないから、閉店したらと勧めましたが、店を閉じる気はないようです。

何も仕事がないとますます呆けると思い、タオルをたたんでもらっています。その姿をデジカメで撮ってあげました。

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写真屋さんのおんつぁん、デジカメを見るのがはじめて。すぐにプリントしてあげたら目がマンマル。
「はぁ~~~・・・・・こんでは写真屋にお客が来ないわけだわなぁ・・・」

もうフイルムの時代ではないと思ったらしい。すっかり意気消沈してしまいました。

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それでもやっぱりお店を閉じるのは嫌なんですって。

by asahikanokami | 2008-09-08 23:09 | 我が家の家族と親類 | Comments(0)