朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2010年 05月 ( 10 )   > この月の画像一覧


第一回観海堂昔語りの会

21日のテレビ・・・・スイッチを入れたらすでに私の出番が終了していて見ることができなかった・・・・という間抜けな私。

それはそれとして22日に第一回観海堂昔語りの会が行われました。

せっかく多額の費用をかけてかやぶき屋根を葺き替えしたのだから、観海堂を利用して昔話をしようということになりました。

普段は月一回、老人会の人たちがお掃除といろりの火入れをしています。いろりに火を入れて、その煙で屋根のカヤの虫をいぶすのです。またいぶすことにより、建物の木材が長持ちするのだそうです。

準備のためにちょっと早めに観海堂に着くと、すでに管理人さんがいろりに大きな木を燃やしていてくれていました。風の向きで大量の煙が来てけむいことけむいこと。

久しぶりに煙のにおいをかぎました。

観海堂の中はこんな感じです。

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奥の部屋には勉強をしている先生と生徒の人形があります。このお人形を子供たちが怖がるんですよね。薄暗い所に、薄汚れた人形が飾ってあるので大人が見ても不気味です。

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片づけてほしいと教育委員会にお願いしたら、県の指定遺跡になっているのと、このお人形を展示するときに県から補助金をもらった関係で片づけられないんですって。

開始時間になっても聞きに来てくれたのは6人。語り手は9人。町の教育委員会にこの話を持って行った時には、ポスターも作ってあげるし、町の広報でも宣伝しますっていう約束だったのに、ポスターは作ってもらえなかったし、広報にもほんとに小さく載っただけだものなぁ。

まぁ第一回だから、次回から少しづつ増えていければいいか。

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新地語ってみっ会の会員がそれぞれ一話ずつ自分の好きな話を語りました。

わたしは「婿のあいさつ」というバカ婿話をしました。私はのんびりとした口調なので、こういう笑い話向きではありません。川辺先生から
「笑い話はリズムよく少し早口で話した方がいいですよ」
とアドバイスをいただいていたので、リズムよく話すことを心掛けました。

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みんなに笑ってもらえてホッとしました。

最後は川辺洋子先生が「カッコウの話」ちょっとホロリとするお話でした。

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そして新地町の語り部の第一人者の小野トメヨさんの「山鳩の話」これから山鳩の声が聞こえる季節になります。声が聞こえたらきっとこの話を思い出すことでしょう。

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聞きに来て下さった教育長さんにも一つお話をしていただきました。

来月も第三土曜日の午後一時半から昔語りをします。多くの方に参加していただきたいものです。
それにはまず宣伝だなぁ。

by asahikanokami | 2010-05-24 22:58 | 昔話 | Comments(4)

だって・・・知らないんだもん・・・(テレビ出演顛末記)

福島中央テレビから電話が来ました。

「今、ゴジてれchu!で新地町の取材中なのですが、朝日館さんでカレイの煮魚が食べられますか?」

「はい。大丈夫でございますが」

「じゃあ、後ほど取材させていただきます」

そして夕方やってきたのは4人の男性。そのうち一人は外国の方。

「カレイを煮ていただいて、それを食べるところを取材させてください。女将さんに説明をお願いいたします」

「あの・・・・出たがりおっとっともいますけど・・・・」

「いや、女将さんで」(おっとっと がっかり)

どうやら相手は番組のことを私たちが知っていると思っているらしい。
でも・・・ごめんなさい・・・・見たことがないのよね。だって新地町は伊達藩。仙台の放送を見ているんですもの。

でも、なんだかその番組を知らないと言えない雰囲気。相手は当然知っているでしょとばかりに説明もなしで取材が始まってしまいました。

レポーターは外人さん。名前もわからない・・・・。どうしよう・・・。後は度胸あるのみ。

おっとっとがヒラメの刺身や毛ガニやそのたもろもろ、いっぱいお料理を並べたら全部片付けられてしまった・・・。テーブルの上にはカレイの煮魚の皿がぽつんと一つだけ。

煮魚にかぶりついた外人さん
「おいしいですね!!」
と上手な日本語で話しました。ほっとしました。だってもし英語で話しかけられたら
「あわわわわ・・・・・」
ってなりますもの。きっと私のすべての受け答えが
「サンキュー」
オンリーになることでしょう。(それもテレビ的には面白かったかも)

そして外人さんはやたらと
「ブラボー!」
と言って拍手をします。えっ????私も言うのかな????

中途半端な反応で一応拍手だけはしておきました。

最後に
「女将さんのお宝は何ですか?」
と聞かれました。

突然だったので何も答えを用意していなくて、頭の中でいろいろな答えがぐるぐると回り、口を衝いて出た言葉は
「主人とお友達です」

えっ??しゅ、しゅ、しゅじん・・・・。自分でも意外な答えでした。そんなこと思っていなかったのに。

「どうしてですか?」

まさか思ってもいない言葉が出たともいえず
「あ・・あ・・・あの・・・あの・・・・(と必死に理由を探して)この旅館は主人と二人で二人三脚でやってますので・・・・主人は大事です。(なんという良い奥さんだろう。ホロリ)私のお友達はみんな素晴らしい人ばかりですので宝物です」
ととっさに答えました。

お~~~!!我ながら良くできました!!

すると
「新地のお魚は宝物ではありませんか?」
と聞かれました。そうか!テレビ局は新地の海の幸が宝物と答えてほしかったんだ。カレイの取材だものなぁ。カレイと答えてほしかったのか。

あわてて付け加えて言いました。
「もちろん新地の海の幸も宝物です。いつまでもおいしいお魚が取れるといいと思っています」

「ブラボ~~~!!」
と外人さんが叫んで取材が終了しました。

後でネットで調べてみたら、外人さんはカナダからやってきたカイルさん。そして「お宝ブラボー59」というコーナーの取材だったということがわかりました。

なるほど、それで何度もカイルさんが
「ブラボー!」
って言ったんだ。納得。

まあ、今となっては後の祭りですけどね。

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さて、来週金曜日(21日)午後四時から、福島中央テレビで放送の「ゴジてれChu!」どんなふうに編集されて放送されますことやら。

良く番組の内容もわからず、目を空中に泳がせながら必死に内容を模索し、良くわからないくせに、それでもしたり顔であつかましくとびっきりの笑顔でインタビューに答えている私を、どうぞお見逃しなく!!

by asahikanokami | 2010-05-15 21:00 | 我が家のお客様 | Comments(3)

フー太郎の森基金のこと

我が家のホームドクター今田かおるさんが
「今夜新妻さんを朝日館に連れて行くからお話を聞いて」
と電話をよこしたのは5月4日。超多忙のゴールデンウィーク中。

新妻香織さんのことやフー太郎の森基金のことはテレビや新聞などで少し知っていましたので、是非お話を聞いてみたいと思いました。

新妻さんはスレンダーな美人。「NPОフー太郎の森基金」という活動をしています。

旅行雑誌の記者だた新妻さんは、なぜか自分の人生は短いと思っていて、それなら思い通りに生きたいと、会社を辞めて単身でアフリカを旅行しました。

その途中、子供たちがボールの代わりにフクロウの子供を蹴って遊んでいるところに遭遇し、まるで浦島太郎と亀のように、お金でそのフクロウの子を買い取って一緒に旅行したのだそうです。何ヶ月か後、元気になったフクロウのフー太郎を森に帰してあげました。

その場所がエチオピアのラリベラの教会でした。

新妻さんがラリベラの教会の写真を見せて下さったとき
「あっ!ここ!!知っている!!行きたい教会だ!」
と叫んでしまいました。

そこは世界遺産の岩窟教会。大きな岩を十字にくりぬいて作った教会。
いつか行ってみたいなと憧れていた教会だったのです。

帰国後、新妻さんが一番に危惧したのは、そのうちエチオピアの緑は全滅するだろうということでした。そしたらもう人間も動物も住めない。一つの国が滅びる。

国土の60パーセントが森林だったエチオピア。戦争や内紛が続き、森林が燃料として伐採され続けました。戦災で焼けました。また人々は仕事が見つからないので炭を焼いて売って生計を立てたてていました。しかし伐採する人はいても、植林する人はいませんでした。

その結果、森林は国土の8パーセントまで減り、山は赤茶けた岩肌がむき出しになり、川は干上がってしまいました。干ばつによるひどい飢饉。伝染病の蔓延。そしてますます緑が切り倒されていくことになったそうです。

フー太郎が住む森が無くなる。旅行中に出会ったあの笑顔の子供たちの未来はどうなる。危機感を持った新妻さんは、とにかくラリベラに木を植えようと立ち上がりました。たったひとりで。

しかし一人の力など知れたものです。資金も集まりません。それでもなんとか、街頭での募金やマスコミや講演会を使っての宣伝など、がんばって資金を集めてラリベラに行ったのだそうです。

それなのに植林の許可は下りませんでした。許可を得るのに7年かかると言われたそうです。失意の日々。

その時奇跡が起きました。ラリベラ高校で植林の手伝いをしてくれるというのです。学校行事ということで種を蒔き、苗を育てて、木を育て、森があった場所に植林が開始されました。その後、小学校や教会などを巻き込んで、実に3万本もの木がラリベラに植えられたのだそうです。

植林と同時に教育も始めました。なせ植林が必要なのか、小さい子供から大人にまで説いて歩きました。

新妻さんの活動は次第に認められ、10年以上の活動で、日本の中でも支援者が増え、現在、ため池を8つ掘り、学校を4つ建て、3万本の植林を終えました。

そしてこれからもっと大きなプロジェクトを開始しているのだそうです。

炭を売らなくても済むように、ドライフルーツの工場を建てること。15万本の植林をすること。

感動しながらお話を聞きました。世の中にはすごい人がいるんだなぁ。私は自分の心配で精いっぱいなのに、私財をなげうち、困難をエネルギーに代えて頑張っている人がいる。

体が震える思いでお話をお聞きしました。

http://futaro.org/index2.php

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(今田かおるさん、私、新妻香織さん)

by asahikanokami | 2010-05-14 22:15 | 友人のこと | Comments(0)

山菜をたくさんいただいた

山菜をたくさんいただきました。

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まずはワラビ。もうワラビが出ているんですね。あく抜きの木灰まで付けて届けてくれる友人に感謝です。

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ワラビのあく抜きは、ワラビが入るぐらいの鍋に入れて、木灰をまぶします。そこに沸騰しているお湯をざぁっと入れてワラビがお湯の中に入っているように皿などをかぶせて重しをします。

一晩そのままにしておいて翌日にお水をときどき変えながら半日ほどあくをぬきます。

上の方の柔らかいところはおひたしにして、根元の硬くて食べなれないところは捨てましたが、その上のちょっと硬いところは包丁でたたいてワラビトロロにしました。

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うるいです。これは栽培しているウルイ。天然ものはもっと小さいです。

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さっと茹でて浅漬けにしました。ウルイはくせがなくてあっさりしていて食べやすいです。身欠きにしんなどと煮て食べたりおみそ汁に入れたりします。

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沢に出ていたクレソンも摘んできてくれました。天然のクレソンは緑も濃くて、味も濃いです。

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これはそのままサラダで食べることにしましょう。

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まさかこんなに山菜をもらうと思っていなかったので買ってきてしまったフキ。茹でて皮をむいてきんぴらにしました。葉っぱももったいないから茹でて細かく刻んでふりかけにしました。

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次はタラの芽。我が家の庭にもタラの芽があるのですが、採らないうちに大きくなってしまいました。これはいただいたタラの芽。

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そして山菜の王様、コシアブラ。

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タラの芽とコシアブラは似てますが、違います。左の茎の細い方がコシアブラ。右がタラの芽です。

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これは天ぷらで食べると最高においしいです。ずいぶんたくさん揚げましたが、残り物は翌日のおひるの天丼になりました。

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天ぷらを揚げたからにはやはりおそば。急きょ蕎麦打ち道具を持ち出してそばを打ちました。

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本当においしかった!!
春は山菜がおいしいです。秋もキノコがおいしいけどね。

by asahikanokami | 2010-05-13 22:10 | 我が家の日常 | Comments(3)

観海堂昔語りの会

観海堂というのは案内板によると
学校領布に先立ち、明治5年5月設立された共立小学校。宇多郡・亘理郡長助役であった目黒重真が、明治の新しい時代を迎え
「これからは教育が最も大事」
という考えにたち、新地方部11カ村の村長や有志に学校設立を呼びかけて建設されました。

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仙台藩校養賢堂の教授であった氏家晋(号 閑存)を招き、民家を利用して学校を設立しました。

建物の外見は木造平屋、寄棟、茅葺の亘理伊達氏の家臣旧臣宅で屋根上部には煙出しが入母屋状になっています。観海堂は昭和41年に福島県指定史跡となっています。

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せっかくこのような文化財があるのに、なにも利用しないのはもったいないと、このたび新地語ってみっ会の仲間たちが新地町教育委員会に働きかけて、昔話の会を開催することになりました。

例年なら6月に昔語り発表会をするのですが、今年は毎月第三土曜日の13時半から、観海堂で昔語りをすることで発表会に代えようということになりました。

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さっそく今月は、5月22日13時30分から昔語りの会をします。まずは第一回ということで、私たちの先生川辺洋子さんと、新地町の語り部小野トメヨさんをゲストとしてお呼びし、語ってみっ会のメンバー全員が語ります。

興味のある方、お近くの方はぜひおいで下さい。お茶の用意をしてお待ちしています。

ちなみに6月は私が語りの当番です。3名が当番ですが一人で30分も語ることになります。ひゃぁ~~~!練習しなきゃ!!

(写真は今年の観海堂の桜。長雨の後だったので足首まで泥に埋まりながら撮影してきました。靴と靴下が悲惨な状態になりました・・・・・)

by asahikanokami | 2010-05-12 14:09 | 昔話 | Comments(3)

今年の花見山

朗読会の翌日。なおちゃんご一家と流水さんをお誘いして、福島市の花見山に行くことにしました。

なおちゃんから
「せっかく相馬に行くのでどこかみるところがありませんか」
と聞かれて、いちばん先に浮かんだのが花見山でした。

でもなぁ・・・・花見山の見ごろは毎年4月中頃。25日はもう桜が散ってしまっていることでしょう。桜のない花見山。魅力半減だなぁ・・・・。

そう思っていたら、なんと今年は気温の低い日が続き、おまけに雪まで降って、まるで私たちを待っていてくれたかのように桜が咲き残っていました。なんということでしょう!ついているとはこういうことを言うのでしょうね。

なにせ、私たち一行の中に「つきの玉手箱」という著書がある流水さんがいるのですから。

花見山は前日までの雨や曇りの寒い日が嘘のように晴れ渡り、暖かくお花見日和でした。

持って行った筍ごはんのおにぎりを河原で食べて、シャトルバスに乗って出発です。この日はなんと4万人が訪れたそうです。

花見山というのは阿部一郎さんという方の個人の持ち山です。阿部さんが30年かけて里山を桜を始めヤマモモ、レンギョウ、ボケなどいろいろな花を植えて桃源郷を作られました。

それを無料開放しているのです。したがって道は狭く、駐車場も狭いのです。それで河原に車を置いてシャトルバスで花見山のふもとまで行きます。

今年は気候が不順だったせいか、桜の色もいまひとつ華やかさに欠け、散り方もはらはらと散っている桜もありましたが、茎からぽとりとちぎれたように落ちている桜も見かけました。

咲き始めたら思いがけない寒さが続き、さらに雪までが追い打ちをかけ、桜も辛かったのだろうと思います。懸命に頑張って、踏ん張って咲いて、力尽きてぽとりと落ちたように見えました。

カメラを家に忘れてきてしまった私。
「今年は写真を撮らなくてもいいよ」
と花見山が言っているようで、携帯で撮るのもやめました。

   
      吹かれても 吹かれなくても 桜散る

      目の奥の 奥の方まで 桜かな

      散る桜 咲く桜より 艶やかに

      見渡せば 今年は今年の 桜かな

      桜より なお淡くして 昼の月


桜は昨年ほどの見事さはありませんでしたが、それでも他の花々がきれいに咲き競っていて、ここまで出掛けてきたかいがありました。

さて、来年は誰とどこで桜を見るのでしょう?
また大好きな誰かと、桜の美しさを喜び合いたいと思います。

by asahikanokami | 2010-05-10 22:07 | 我が家の日常 | Comments(0)

50年前のお味噌とたくあん

流水さんから50年前のお味噌とたくあんをいただきました。

お味噌はちょっと色が黒くなりましたが、塩が枯れて甘さも感じられるおいしいお味噌です。

たくあんは、酸味が感じられますが、これもちゃんとした(?)たくあん。歯ごたえも残っています。

この宝物が発見されたお家は、直木賞(第101回)作家笹倉明さんの 古民家のご生家です。

流水さんが始めた「グリーンオーナーズプロジェクト」が、住む人がいないこの古民家を(中はオール電化らしい。すごい!)畑や田圃ごと借りて、誰でも自由に使えるようにしました。

お家の中や蔵を整理した時、蔵の中に眠っていたのを発見したのだそうです。

実は以前、我が家でも20年ぐらい前のたくあんを見つけたことがあります。臭くもなく、色は悪くなっていましたが、しっかりとしたたくあんがカメの中に50本以上入っていました。

私は何の考えもなく、そのたくあんを捨ててしまいました。そのことをブログに書いたら、多くの方から
「もったいない。欲しかったのに」
とメールをいただき驚きました。

ええっ!食べられるの???????

発酵食品ですから、発酵が進んでいるだけで腐敗しているわけじゃないんですって。だから食べられるんですって。知らなかった・・・・・。全部捨てちゃったよぉ・・・・・。

恐るべし!微生物の力!!

お味噌は50年もたつと薬効がすごいらしい。なにせ50年間、発酵熟成を続けていたのですから当前かもしれません。

それで流水さんのブログを拝読したときに
「食べてみたい」
と書きこみました。

そしたら忘れずに持ってきて下さったんですよ、50年前のたくあんとお味噌。

そこで、朗読会に参加したみんなで大試食会となりました。

たくあんは切って、お味噌は、ちょうどその日の朝に掘りあげたばかりのエシャレットをいただいていたのを思い出し、それにつけていただきました。

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おいしかった!!

たくあんもお味噌も。特にお味噌は、エシャレットに負けない存在感があり、大豆と麹の甘みと塩加減が絶妙に熟成されて、お酒のつまみに最高でした。

by asahikanokami | 2010-05-09 08:18 | 友人のこと | Comments(2)

なおちゃんの息子君のこと

なおちゃんの息子君。なぜかとても身近。会ったこともないのに、なおちゃんのブログで、幼稚園の時からずっと成長を見ているからかもしれません。

実はずっと息子君の隠れファンでした。息子君のファンは私のほかにもたくさんいるらしいです。その証拠に、なおちゃんが息子君のことをブログに書くと
「おおきくなったわね」
とか
「かわいいね」
というたくさんの書き込みが連なります。

「みほりんさん!」
初めて会った息子君。朗読会の準備をしている私のそばに来て小さな声で言いました。

「僕ね、みほりんさんって若い人だとばかり思っていた」
思わず吹き出しそうになった私。年甲斐もなく「みほりん」なんていう可愛いハンドルネームを使っているから誰でも勘違いするよね。

「あら、ごめんね。私は息子君のおばあちゃんよりも年上なのよ」
「僕ね、みほりんさんて30歳ぐらいの人かと思ってた。若い人かと思ってた」
「あははは。外れちゃったね」

その言い方がとてもかわいくて、思わず抱きしめたくなった私。
もっと小さい子だったらすぐに抱きしめたのですが、なにせ小学校4年生の男の子。
会ったばかりのおばさん(彼から見たらお婆さんかも)に、突然抱きしめられたら驚くと思い、本当は頬ずりしたいぐらい可愛かったのにやめました。

大人たちが朗読会をしている間、我が家の大広間に、たくさんのゲームカード(っていうのかな?)を広げていました。

せっかく広げたたくさんのカード。でも大人たちは朗読会に夢中で、誰もそのカードを見に行ってくれません。

「みほりんさん。みほりんさん。ちょっと来て。カード広げたのを見て」
私はこっそりと朗読会の会場を抜け出し、たくさんのカードがきれいに並んでいるのを息子ちゃんと一緒に見たのでした。

「すごいね」
「お家にはもっとあるんだよ」
そう言った彼の得意げな顔!ちょっと鼻の穴がふくらんでいる。わぁ!かわいいな!かわいいな!

詩の朗読もとても上手でした。

そして翌日、福島市の花見山に一緒にった時
「お母さん大好き」
って言って、お母さんと手をつないで歩いていた息子くん。

ふっと、ここになおちゃんの亡くなった御主人も一緒に来ているんだなと思いました。息子くんの体を借りて
「大好きだよ」
となおちゃんに伝えているのかな。親子3人一緒に手をつないで歩いているのかな。そう思ったらちょっと胸が熱くなりました。

今年の花見山の桜は、色もいま一つ鮮やかさにかけていましたが、それでもはらはらと散る桜の花びらの下で、大好きな人と手をつないで歩く幸せを息子君に教えてもらった気がします。

by asahikanokami | 2010-05-09 08:08 | 友人のこと | Comments(0)

流水さんのこと

そよ風のような人。
流水さんを一言で表すならそよ風のような人です。

ふうっとやさしさに包まれて、なんともいえず安心した気持になります。今までいろいろと思い悩んでいたことが、なんでもないことのように思えて
「な~~んだ、あんなことで悩むなんて」
と思ったりします。

流水さんの相談したわけでもなく、ましてや流水さんが一言も助言してくださったわけではないのに、なぜか自分の中で解決がつきます。本当に不思議な人です。

流水さんはご自分で手広く事業をしているだけでなく、船井塾の理事やそのほかの役員などで御活躍、そして作家でもあり、詩人でもあります。数多くの本を書いていらっしゃいます。

ご自身が超多忙にもかかわらず、寸暇を惜しんで多くの人の応援のために全国を駆け廻っています。食育をもっと大事にしようという「お弁当の日を広めるプロジェクト」や食糧危機を解消するための「グリーンオーナーズプロジェクト」などなど。

リーダーとして多くの人をひっぱて下さるというよりも、背中をそっと押してくださる方です。

流水さんの前に立つと見栄を張ったり、必要以上に自分を飾ったりしても、すべて見とおされているような気がしてなりません。だから自然体でいるしかないのです。

取り繕わなくても良い。自然のままで良いということは何と居心地の良いことでしょう。

でも時々、すごく不思議なことや難しいことをおっしゃいます。
本当は理解できないくせに理解しているような顔をしてうなずいても、きっとお見通しに決まっています。だから知らないことは知らないと、わからないことはわからないと正直に言うしかありません。

背伸びしなくても良いということはとても楽しくてとても幸せなことです。

今回はなおちゃんが流水さんを誘ってくださいました。お忙しい流水さんのこと。お顔を見るまでいらしていただけるかどうかわかりませんでした。

友人の便利屋和尚が急に仕事で来れなくなったのを知らなかった流水さん。和尚からもらったという「和尚ネット」のТシャツを着て朗読会に参加されました。このТシャツで和尚と再会したら和尚が喜ぶとの心遣い。

「えぇ・・・和尚は来ないの?それは残念だなぁ。でもТシャツが和尚の代わりに参加したから良いよね」

なんてやさしいのでしょう。その言葉にほろりとしました。和尚に聞かせたかったなぁ。

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また秋に朝日館においで下さると約束しました。今からその日が楽しみです。

ただ、流水さんが謎の一言を残して行かれたんですよ。
「福島県にムー大陸が存在する」

ええっ???????ム、ム、ム、ムー大陸???????

その謎の解明は秋まで待つことにします。

by asahikanokami | 2010-05-07 22:27 | 友人のこと | Comments(0)

なおちゃんのこと

書きたいこと、書かなければならないことがあるのに、なかなかゆっくりとパソコンに向かう時間が持てずにいました。

今夜から少しずつ書いていきたいと思っています。

まずはなおちゃんのこと。

なおちゃんこと、山内尚子さんは「きれい・ねっと」という編集・印刷工房の代表をされています。

「紙とこころをきれいにつなぐ」という熱い思いを抱いて、 出版を通じて人と人のこころをきれいにつなぐ仕事をしています。 

そしてさらにそのことから発展して、詩の朗読会「こころの宝物」、句会「俳句の杜」をはじめ さまざまな講演会、コンサートなどを企画しています。

きれい・ねっとホームページ
http://kilei.net/

なおちゃんと知りあったのは、ミクシーでのこと。
御主人をなくされたなおちゃんと娘を亡くした私に共通する思いがあり、共振し、共鳴し、親子ほど年が離れているのに(もちろん私が倍近く年上)心から尊敬できる方だと思いました。

いつか会ってお話したいと願っていましたが、なにせ関西に住んでいるなおちゃんと福島県の私では遠すぎます。いつかいつかと思っていました。

念願かなって、なおちゃんが御両親と息子さんを連れて我が家にやってきました。

それならと、いつもなおちゃんが主催している「心の宝物」という朗読会を新地語ってみっ会のメンバーにしていただきました。

なおちゃんは「やさしい魔法 ホ・オポノポノ」という本を書いています。自分の体験を通して、彼女なりのホ・オポノポノについてやさしくわかりやすく書いているこの本は、読後になんともいえずやさしい気持ちになるのです。

なおちゃんが自分の体験を通して感じた「ごめんなさい」「ありがとう」「愛してます」の物語。

御主人を一瞬のうちに亡くされ、幼い子供を抱えた一人の女性が、まっすぐに前を向いてしっかりと歩いてきたことに胸がいっぱいになります。

誰でもこんなにやさしさをもっていて、こんないも強く歩いて行けるとしたら、人間ってすごいなぁ、人間って素晴らしいなぁと思います。

なおちゃんのお話を聞いているうちに、自分の中の空っぽな部分にどんどん不思議な力というか、エネルギーというか、何か熱いものが充填されていくのを感じました。とても元気になれました。

それからみんなで「ごめんなさい」「ありがとう」「あいしています」という手紙を書きました。自分の心の底に埋もれていた思い。気がつかなかった思い。気がつかないふりをしていた思い。

それが少しずつ姿を現し、ペンの先からこぼれて行きます。同時になぜか涙もこぼれます。

本当はそのあとにそれぞれ書いたものを朗読してもらうはずだったのですが、時間がなかったので各自が自宅に帰って朗読することになりました。

なおちゃんのむすこさんが金子みすずさんの詩をとても上手に暗唱してくれ、本当に心に残る朗読会になりました。

ひととひとのつながりは不思議です。

長い年月、お付き合いしても心が通じない人もいます。
しかし会った瞬間に一瞬で心が通じる人もいます。

なおちゃんと会って
「なおちゃ~~~ん!」
「みほりんさん!(ミクシーでの私のハンドルネーム)」
とハグした瞬間に、やっと会えたという思いと同時に、なぜか久しぶりに会ったと思いました。

もう少しで
「久しぶりだね~~~」
って言うところでした。何も言わなくてもお互いの気持ちがぴたりと合った、そんな心地よさを感じたのです。

人と人のつながりは、回数も年月も年齢も地理も、そんなことはなにも関係ないのだということを知りました。

by asahikanokami | 2010-05-06 21:57 | 友人のこと | Comments(6)