朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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昔話を堪能する

ジンギスカンでおなかが膨れたところで昔話を聞くことにしました。

お祭りでない日に、遠野で昔話を聞くことができる場所は三か所。昔話村と伝承園。この二か所は有料です。そして一か所無料で聞くことができるのは遠野駅のそばの観光案内所です。

その他、ホテルや旅館や民宿などでも予約をすると語り部さんを呼んでくださいます。

百年祭ということで、市内あちこちで昔話を聞くことができました。

最初の予定は、語り部スポットというところで「いろりの会」のメンバーの昔語りを聞き、それから昔話村に行って正部家みやさんという、天皇皇后両陛下の前で語ったことのある、有名な語り部さんの話を聞くつもりでした。

まずはジンギスカンの中央通りの角にある語り部スポットに行きました。10名ほどの語り部さんが、次から次と登場してお話を語ります。

ほとんどが知っている話でしたが、それでも面白い。皆さんがとても上手なのです。十数名もいれば一人二人はあまり上手でない人もいそうなものですが、みんな上手なのです。粒ぞろいです。

私が語るときは、話を前日に練習します。3つ話すと決めたら3つだけはまごつかないように、まちがわないように練習します。ですから、もし、その話でない話をしてくれと言われたら、きっとできないと思います。

しかし、いろり火の会のメンバーは
「さっき、あの話が出たから、ではこの話をしましょう」
とか
「誰もこの話をしなかったので私が語りましょう」
などと、自由自在に話を選んで語るのです。

すごいなぁ。何話を完璧に話すことができるのでしょう。

もっと驚いたのは最後の方が
「遠野には三大話があります。おしら様の話。河童淵の話。座敷わらしの話。いろり火の会のメンバーはこの三大話を話飽きているらしくて、誰も語りませんでしたので最後に私が語ります」
といったのを聞いた時です。

えっ?語り飽きる??そうか!語り飽きるほど語らないとうまくならないのか。

たかだか月に一、二回ちょこっと語るぐらいでは上手にならないのです。誰もいない所で何度語っても上手にならないのです。語り飽きるという言葉に衝撃を受けました。

昔話は語る人と聞く人が必要。双方の間にあって初めて、昔話はいきいきと輝くのです。ずっと語り継がれてきた話が生きを吹き返すのです。

語り飽きるかぁ・・・・。私も語り飽きるまで昔話をしなきゃ上手になれないな・・・。

気がつけば、語り部スポットでの昔語りの素晴らしさに聞き惚れて、身動きできなまま時間が過ぎて、昔話村での正部家(しょうぶけ)さんのお話を聞かずじまいでした。

帰り道、素晴らしい昔話を聞くことができた余韻と興奮の中
「よ~~し!!新地の昔話も遠野に負けないように語り継いでいくぞ!」
と思ったのでした。

(気がつけば写真も撮っていませんでした)

by asahikanokami | 2010-06-22 21:29 | 旅の話

遠野名物ジンギスカン

さてお昼はジンギスカンを食べようと思います。

遠野の名物はジンギスカン。私が住んでいた昭和30年代、すでにジンギスカンが食べられていて、我が家でもジンギスカン用のなべがありました。

あんべさんというお肉屋さんにラム肉とたれを買いに行ったものです。自家製のたれは牛乳瓶に入っていたような気がします(記憶違いかな???)

そのジンギスカンを中央通りを歩行者天国にして道の真ん中で食べさせてくれるというのです。予約券があって売り切れたけど当日券もあるらしいという情報を得ました。

あんなに嫌がったくせに、すっかり鹿踊りに魅了されて、身動きもせず見入っているおっとっと。

「ねえ、当日券を買わなきゃ食べられないよ。売り切れたら食べられないよ」

「お前買ってこい。俺はここで見ているから。いやぁ面白い。仙台じいちゃん(私の父)がはまってしまったって言うのが理解できる。面白くてここから動けない」

ふん!!遠野なんか行かないって言ったのは誰?そんなものに興味がないから車の中で寝ているって言ったのは誰よ!!

しかたがないから中央通り目指して歩いて行きました。ちなみに私は遠野中学校に通っていましたから、だいぶ町の中は変わってしまいましたが、おおよその見当はつきます。

だいいち、良いにおいが漂っていて、そのにおいを頼りに行けば会場に着いてしまいます。そしたら予約券は無いから、実物を直接買ってくれと言われました。

お肉が600グラムと野菜で3500円。これで4人前とか。そんなには食べられません。300グラムのお肉と野菜で2500円というのもあるというのでそれを買いました。テーブルの番号札と、ブリキのバケツと、お肉と野菜と、紙皿と紙のエプロンと、ジンギスカン鍋がセットです。

「ジンギスカンは初めてですか?」
イケメンのお兄さんに聞かれました。ちょっとブリッコしてみました。
「はい(ニコッ)」
大嘘つきです。ごめんなさい。

すると商工会の若いイケメンのお兄さんが3人もついてきてくれて、お肉を焼く用意をしてくれました。嬉しや!嬉しや!

コンロはブリキのバケツ。その中に固形燃料が入っています。

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コンロを横から見るとこんな感じです。空気穴が開いています。

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イケメンのお兄さんがお肉と野菜を焼いてくれました。食べごろになったところで携帯でおっとっとを呼びました。

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焼いてくれたのはイケメンの方ですが、食べるのはイケメンの方ではありません。

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大勢の方がジンギスカンを焼いている風景は壮観でした。もっと写真を撮りたかったのですが、見ず知らずの方をぱちぱちとるわけにいかず、おっとっとをとるふりをして、ちょっとカメラをずらして撮ってみました。

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ジンギスカンおいしかたったです。
おなかが膨れたら、後は昔話を聞いて帰るだけです。

by asahikanokami | 2010-06-18 21:47 | 旅の話

鹿踊りの写真

会場に到着した時にはすでに大勢の見物客がいました。
気温は29度。日陰でも汗が流れます。

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自分の出番を前に緊張した面持ちで待っていいる人たち

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いよいよ出番です

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はじまりました

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演目はしし酒盛り

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観客も呼び込まれて酒盛りです。昔は一升瓶だったのでしょうが、今はペットボトルのお茶でした

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その間、小さい子たちは座って出番待ちです。暑かったのでちょっとかわいそうでした。

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左の子。ママのことが気になるらしく、しょっちゅう振り向いていました。かわいい!!

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駅前の中央通りでも踊りが披露されました。

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飛び跳ねて踊る激しい踊りなので終了した途端に座り込んで動けない人もいました。気温は高いし、かぶりものやら衣装やらでさぞ大変だったことでしょう。

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お面を外したら汗まみれで真っ赤な顔。本当にごくろうさまでした。そしてありがとうございました。

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http://www.youtube.com/watch?v=BcFa1wJZ07w

by asahikanokami | 2010-06-16 22:17 | 旅の話

鹿踊り(ししおどり)」

私の父はお神楽とか、鹿踊りとか、鬼剣舞い(おにけんばい)などの郷土芸能が大好きな人でした。

祖母が
「五郎(父)は、三つ四つの頃から、お祭りの日は一日中鬼剣舞いの後をついて回って帰ってこなかった」
とよく言っていました。

かくいう私。血は争えないもので、岩泉町の八幡様のお祭りの時には、いつも鹿踊りの後をついて回っていたものです。でもいくら好きでも一日中ついて回った記憶はないなぁ。たぶん半日ぐらいだったと思います。

太鼓の単調なリズムが好きで、太鼓を聞くだけでウキウキしました。家に帰ってから、風呂敷を首から下げて鹿踊りのまねをして踊ったりしました。

二十歳の夏休み。父の故郷である岩手県の北上市で「民俗芸能大会」があるというので、父と二人で見に行ったことがあります。

広場に舞台が組まれて、炎天下にその前に座って延々と行われるお神楽や鬼剣舞いや鹿踊りを見ました。

日に焼けるし、のどは乾くし、午前中見ただけでさすがに飽きてきて帰りたかったのですが、喜んでみている父に
「帰ろう」
とはいえず
「来年からは絶対に来ない」
と思ったものでした。

父は翌年から行くことができる年には必ず見に行っていましたが、私が見たのはその時一回だけです。いくら好きでも延々と続くお神楽を見るのは飽きます。

道を曲がったら懐かしい太鼓の響き。ししおどりを見るのは何年ぶりでしょう。父と一緒に見たのが最後のような気がするので・・・・それからだと・・・40年ぶり!!すごい!!

遠野市内の13団体が一堂に集まるのは初めてらしいです。自分たちの出番じゃないときはほかの団体の踊りを熱心に見ていました。

鹿踊りには二種類あって、北上の鹿踊りのようにおなかに太鼓をくくりつけて叩きながらおどるタイプと、岩泉や遠野の鹿踊りのように前につけた幕を持って踊るタイプがあります。

鹿の面には柳の木をカンナ(鉋)で薄く削ったもの(カンナガラ)をたてがみのようにつけています。

遠野物語には
「天神の山には祭ありて獅子踊りあり。ここにのみは軽く塵たち、紅き物いささかひらめきて一村に緑映じたり。獅子踊りというは鹿の舞ひなり。鹿の角をつけたる面をかぶり童子五、六人剣を抜きてこれとともに舞うなり。笛の音調子高く歌は低くして側にあれども聞きがたし」
と紹介されています。

次回は撮ってきた鹿踊りの写真を紹介します。

by asahikanokami | 2010-06-16 22:04 | 旅の話

遠野物語百周年記念祭

12日の夜、ニュースで遠野市で「遠野物語百周年祭」が行われていると聞きました。

夜神楽が行われ、語り部が昔語りをし、メイン通りを歩行者天国にしてテーブルを並べて、遠野名物のジンギスカンを提供しているというではありませんか。

しまった!行くんだった!
と思った瞬間、ニュースが続きました。なんと13日もいろいろなイベントがあると。

行くしかない!!

そこで出不精でデブ症のおっとっとを連れだす作戦を立てました。
「ねぇ。明日遠野に行かない?」
「行かない」
「遠野物語百周年記念のイベントがいろいろあるみたいよ」
「行かない」
「そう」
今夜はここまで。あまりしつこく誘うと逆効果です。

13日の朝
「いい天気だねえ。お出かけ日和だな」
「なんだ、遠野に行きたいのか?」
「行くことができたら最高だけど・・・・あなたは運転するのは嫌でしょう?」
「そんなこともないが、面倒くさい」
「そう」
ここでストップするのも作戦のうち。

そして素知らぬ顔でちょっとさびしげな顔をして(ここが大事!)お洗濯を始める。すると後ろの方から
「さて!遠野に行くかな。行かないと後で何と言われるかわからないからなぁ。いつまでも行きたかったのにと愚痴られるのはかなわないしなぁ」

ふふふ。やったぁ!すぐにお洗濯をストップして出かける準備をして車に乗りました。作戦成功です。

高速道路が隣町まで伸び、仙台東部道路の利府ジャンクションから東北道の富谷ジャンクションまでが3月に開通したので、北に向かうのがとても楽になったのです。

初めて利府ジャンクションを通りました。ところがおっとっとが間違いそうになって大慌て。おまけに富谷ジャンクションでも北に行かなければならないのを、南に向かいそうになって大慌て。

すると血圧が上がったみたいでめまいがすると言い出しました。仕方がないので運転を交代しました。私が運転する車の助手席だって血圧が上がると思うんだけどな。

助手席に乗っている人も運転する人も血圧をあげながらなんとか高速を降りました。ふぅ~~~。私は、高速なんて年間に一回運転するかどうかなので、ハンドルを握った手が汗ばんでいました。

遠野に到着したのは11時ごろ。すでに駐車場はいっぱい。駐車場のおじさんがあちこち探してくれて、なんとか草ぼうぼうの空き地の隅に止めさせてもらうことができました。

「おれは寝ているから、お前一人で見てこい」
「せっかくここまで来たのに寝ていたらもったいないでしょう」
おっとっとを無理やり車から引きずり出しました。

すると太鼓の音が聞こえます。懐かしい響き。
「鹿踊り(ししおどり)だ!!」
「おれは興味ないなぁ」
「そんなこと言わないで見に行こう。仙台じいちゃん(私の父のこと)が大好きだった鹿踊りだよ。あなたはまだ一度も見たことないでしょう。行こう!行こう!」

しぶしぶと私の後をくっついてきたおっとっとでした。

by asahikanokami | 2010-06-16 22:02 | 旅の話

裁判の傍聴

今年の選挙管理委員会の研修は、選挙が目白押し(参議院議員、町長、県会議員)なので、いつもより時期を早めて行われました。

今回は、山形地方裁判所で行われる裁判の傍聴。

なぜ選挙管理委員が裁判に関係があるかというと、裁判員裁判の裁判員を選ぶ役目が選挙管理委員だからです。

といっても
「誰にしようかな?神様の言うとおり!」
などと言って、私たちが選んでいるわけではありません。パソコンに選挙人名簿を入れて、国から渡されたCDを入れてクリックすると、あっという間に裁判員の名簿が出来上がります。つまり、無作為に選んでくれるのはパソコンです。

しかし、クリックするのは選挙管理委員(たいていは委員長)なので、裁判員は選挙管理委員が選んだということになっています。

今回傍聴したのは交通違反の裁判でした。無免許運転の常習者。何度も検挙されて、その上呼び出されても出頭せず、さらに同じことを繰り返したので逮捕されたようです。

裁判が始まる前に容疑者が法廷に連れてこられます。その時手錠に腰縄で連れてこられるのです。普段手錠をかけられた人を見ることがないので(あたりまえだけど)、腰縄まで付けられて連れてこられる姿に驚きます。

腰縄はすぐに外してもらえますが、手錠は裁判長が入廷して裁判の開始を宣言した後です。

若い男性でした。こんな姿を親御さんが見たなら泣くことでしょう。
見回したら傍聴席には私たちの他には、被告人のお友達らしき若い男性だけで、御両親あるいは御家族らしい人はいませんでした。

被告人の確認をして、罪状陳述があり、事細かに違反した事柄が報告されました。そして罪状認否。本人がすべて認めたので、弁護人が情状酌量のお願いをし、検察官がこれぐらいの刑がいいのではという意見を述べました。

その後、裁判長からいろいろと質問が行われました。

それはもちろん、犯した罪を悪いと反省しているかということ。とても強い口調で自分の犯した罪についてどのぐらい反省しているのか問い詰めていました。

続いて裁判長が詳しく質問したのは、罪を償って社会に出たときに生活できる場所があるかどうかでした。

住む場所はもちろん、仕事、身元引受人のことなどを詳しく何度も聞いていました。

判決は一週間後に出るそうです。

再犯に走ることがないよう、心から反省するように厳しく、そして保釈後に新しい生活をしていくことができるように、立ち直れるようにやさしく、その両方が裁判には必要なのだと感じました。

裁判というのは人を厳しくさばくものとばかり思っていたので、裁判長が
「あなたを応援してくれる人たちに感謝してください。あなたにはこんなにも応援してくれている人がいるのですよ。あなたはひとりぼっちではありません。この人たちを裏切ってはいけません。あなたが立ち直ることで応援してくれている人たちに感謝の気持ちを表してください」
とおっしゃった言葉にじんとしました。

とても暖かいと言ったら語弊があるかもしれませんが、そんな裁判でした。

今回は交通裁判で、しかも誰も被害者がいないという裁判だったのでそう思えたのかもしれません。もし被害者がいたら・・・・・・暖かい気持ちで裁判所を出ることはできなかったと思います。

裁判所の外も中も許可のある場所以外は撮影禁止でした。裁判終了後、唯一、内部の撮影を許可されました。

「委員長さんが裁判長席でしょう。どうぞ」

「いや、女将さんが一番よく似合いますよ」

「えぇ・・・そうですかぁ(ニコ)」

とあつかましく座ってみました。

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こちらには立ちたくありません。被告席です。

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by asahikanokami | 2010-06-10 21:48 | 私のこと