朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2010年 08月 ( 8 )   > この月の画像一覧


明日から

明日からいよいよ町長選挙が始まります。

有権者数が七千人にも満たない小さな町の選挙戦。
町が真っ二つに割れて大変なことになっています。

すでに
「あそこの家は〇〇派だべ。その隣は△△派だ」
と勝手に色分けされているようです。

小さな田舎町は親類関係も複雑で、どちらの候補者とも縁続きのお家では
「仕方ねぇがら家族で票を分けて投票するんだ」
などという声さえ聞こえてきます。

誹謗中傷の怪文書なども出回っているという噂もあり、開票後に当選が決まった暁には、なにか遺恨が残らなければいいがと心配しています。

投票率は黙っていても90パーセントぐらいにはなることでしょう。

候補者よりも支援者の方が熱くなっていて、勇み足もあるようで、選挙管理委員会への問い合わせの電話が鳴りっぱなしです。

本来なら新地町を任せるのに足る人に入れる一票。

誰かにお願いされて入れるのはおかしいし、血縁だからとか、同級生だからとかいう理由で入れるのもおかしな話です。

しかし、現実問題として公明正大な選挙の実現は難しいです。

期日前投票所の管理をしていると、ポケットから候補者の名前の書いた紙をとりだして書いている人もときどき見かけます。もちろん、忘れないように書いてきたメモかもしれません。誰かからこの人に入れてくれと頼まれて渡された紙とは限りませんが・・・・。

明日は告示。勢力は五分五分との下馬評。
ますます暑い新地町です。

by asahikanokami | 2010-08-23 15:24 | 新地町の人々 | Comments(6)

窓ぎわのみっこちゃん(その2)

小学校に就学した時に不思議な子が一人いました。

その子は、みんなよりも一回り体が小さくて、いつも同じ洋服でした。ランドセルではなく風呂敷包みで登校していました。

当時はまだ給食が無く、みんなお弁当持参でしたが、その子はおひるになるといつもすぅっと教室を出ていきます。

お家はどこか聞いても教えてくれません。何よりも寡黙でめったに話をしない子なのです。

でも私はその子が気になって気になって仕方がありませんでした。

5月ごろだったと思います。母が体調を崩して一週間ほど入院したことがありました。父は当時2歳だった弟と私を面倒見ながら勤めに出なければなりませんでした。

朝、お弁当を作って私を学校に出すと幼い弟を母の病室に置き、勤めに出ます。私は学校帰りに病院により、父が迎えに来るまで弟の面倒を見ていました。

その時、病院の裏庭であの子を見かけたのです。名前(なんという名前だったか忘れてしまいました)を呼んで駆け寄ったら、なぜか逃げてしましました。

翌日も、そのまた翌日も、病院の庭で見かけるのに側に行くと逃げてしまうのです。

学校で
「どうして病院にいるの?」
と聞いても、じっと下を見て何も答えてくれませんでした。

そのうち母がどこからかその子のことを聞いてきてくれました。お父さんが入院していて、お母さんと一緒にお父さんの病室に寝泊まりしているらしいこと。入院費が払えないのでお母さんが病院の下働きをしているらしいこと・・・・などなど。

昔は包帯やガーゼは再利用するのが当たり前でした。注射器さえ煮沸消毒して使い回しするのは当たり前の時代でした。

その子のお母さんは、各病室お掃除のほか、膿や血で汚れた包帯の洗濯、時には他の病人の付き添いなどもしていたらしいです。

それから間もなく、たぶん二学期になったころだったと思います。その子が転校していきました。

特別仲良かったわけでもなく、一緒に遊んだ記憶もないのにとても寂しかったことを覚えています。

私も小さかったのでお父さんが退院して帰って行ったのか、それともお亡くなりになったのか覚えていません。無事に退院なさったと思いたいです。

今、思い返してみると、きっとお昼のお弁当も持ってこられず、お昼は校庭ですきっ腹を抱えていたんだろうなぁと思います。

by asahikanokami | 2010-08-22 19:52 | 私のこと | Comments(0)

窓ぎわのみっこちゃん

小学校の同級生のあっつぁんがときどきコメントをくださいます。それを読んでいると、一気に懐かしい岩泉の風景が目に浮かび、忘れていた子供の頃の思い出がよみがえります。

子供のころ住んでいたのは岩手県岩泉町の国鉄バスの官舎。官舎は同じ敷地内に5軒ありました。それぞれに子供が数名づついて、大きい子も小さい子も一緒になって遊んだものです。

官舎の子供たちの中で一番小さかった私。他の子供たちが学校から帰ってくるまでは一人でした。お兄ちゃん、お姉ちゃんが帰って来るのが待ち遠しく、いつも官舎の入り口にある坂のところで帰ってくるのを待っていました。

でも帰ってきてもすぐには遊んでもらえません。宿題が終わらないうちはだめなんです。官舎ということもあり、どこのお家でもお互いに競争するかのように、子供たちに勉強させていました。

小学生たちが宿題をする隣に座って待っているもは退屈です。

なにせ「聞きたがりのみっこちゃん」と呼ばれるぐらい好奇心旺盛な私。
「その字は何て読むの?」
「4と2をたすってなに?」
と、そばで質問攻めにするのでずいぶんと迷惑がられ、かつ、うるさがられたようです。

でもおかげで小学校に入学前に、ひらがなやカタカナはすべて覚え、簡単な計算もでき、九九までも覚えてしまいました。まさに門前の小僧、習わぬ経を読むです。

昔は文字は学校で教えてもらうものだったので、入学前にひらがなが読める子は少なかったのです。カタカナや簡単な漢字が読める子は皆無でした。

さて入学してみたら、先生が教えてくれることはすべて知っていることばかりでした。

先生が黒板にひらがなを書き始めるといち早く大きな声で
「はな!」
と私が読んでしまうので、他の子供たちが考える時間が無く、字を覚えられません。担任の愛子先生も困ってしまいました。

「美保子ちゃんは黒板を見ないで、窓のところで外を見ていなさい」

私は窓のところにいすを置かれて一日中外を見ているようになりました。

でもつまんないんですよね。誰もいない校庭って。すぐに飽きてしまいます。

それで飛んでいるツバメやチョウチョに話しかけました。
「どこから来たの?どこに行くの?何しているの?」

今度はその声がうるさいと叱られて、一人校庭で遊んでいるようにと言われ、一人外に出されてしまいました。

たまたま母が校庭のそばを通って、一人でブランコで遊んでいる私を見つけて驚きました。

教室に連れて行ったら、愛子先生に授業の邪魔で困っているといわれて、母も困ったらしい。

テストもあっという間に書き終わって、他の子に
「ここは7だよ。これ間違ってる。9だよ」
と教えて歩き、先生はほんとに困ったらしいです。私がおせっかいなのは小さいときからだったのね。

いつもテスト用紙を3枚ぐらい渡されていましたがそれでも1枚書く子よりも早く書き終えていました。

しまいには1年生なのに2年生のテスト用紙を渡されたりしました。

黒柳徹子さんの「窓ぎわのとっとちゃん」の本を読んだ時に、私と似ていて思わず笑ってしまったことを思い出します。

とっとちゃんは自分で窓ぎわに行きましたが、私は先生が行きなさいというので窓ぎわでした。

「この子は大きくなったらどうなるんだろう」
と両親はだいぶ期待したみたいですが、期待を見事に裏切って現在があります。

by asahikanokami | 2010-08-22 19:47 | 私のこと | Comments(2)

日帰り温泉

今日は日帰り温泉で一日ぐうたらしてきました。

思い起こすと相馬野馬追い祭り(7月23日)から一日の休みもなく働いた私。

「あんたはえらい!!」
と自分を褒めてみました。ご褒美の温泉行きです。考えてみると・・・・いや・・・考えるまでもなくおっとっとも同じ、一日も休んでいません。

「ねぇ!温泉に行かない?」
「行かねぇ。お前一人で行ってこい」

こういう時には素直に一人で出かける私。だっておっとっとを説得して外に連れ出すのは至難の業ですから。

私のお気に入りの日帰り温泉は、我が家から車で40分、南相馬市にある「ゆっさ」です。ここは天然温泉かけ流し。ジャグジーや露天ぶろやサウナなどもあり、大広間でゆっくりと休憩できます。

本を持ち込んで、お風呂に入っては読書、本を読んでは温泉。好きな時に気が済むまで温泉に浸かれるなんてこんな嬉しいことはありません。

ああ~~~!!至福のひと時です。

「わざわざ出かけなくても自分の家のふろを沸かして、大広間で昼寝すればいいべ。そしたら料金もかからないぞ」
とおっとっとが言うけれど、やはり自宅と他の場所とではリラックスできる度合いが違います。

自分の家では電話が来る、集金の人が来る、お野菜を届けてくれる知人も来る・・・で、何もかも放り投げてゆっくりすることはできません。

バスタオルが入ったバックを車に積んで一歩家を出ると嬉しくて鼻歌が出ます。

ゆっさはいつも混んでいるのですが、なぜか今日はすいていました。
「珍しく空いてますね」
と言ったら、受付の方が
「今日は久しぶりに涼しいので、畑の草取りをしている人が多いせいでしょう」
とのこと。

そういえば雨の日などは農作業ができないので、大広間を大勢のご年配のグループが占拠しています。


温泉からの帰り、たそがれの田圃道を車で走ると、ヒグラシの声が聞こえ、吹く風も今までのまとわりつくような風と違って、肌にさらりとしていて、夏が終わることを実感しました。

by asahikanokami | 2010-08-19 20:32 | 私のこと | Comments(2)

送り火

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何の写真かわからないと思います。
じつはこれは送り火の写真です。うまくとれなくてすみません。

それぞれのお家の前で送り火を焚いてお盆にお帰り下さったご先祖様を送り出します。

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それぞれのお家で手が空いたときに、それぞれに焚いていた送り火。
今年は地域でみんなそろって同じ時間に焚くことになりました。初めての試みです。

我が家の前の通りで一斉に焚かれた送り火。一斉に焚かれると、とても幻想的です。なにせお店もないので人工的な光線が少ない地域なものですから、暗闇に浮かび上がる送り火の光はとてもきれいです。

昔はそれぞれのお家の前に長椅子などが持ち出され、大人たちは将棋に興じたり、一杯飲んだり、子供たちは大喜びで花火をしたりしたのだそうです。

今はそれぞれが送り火を焚き、花火をするお家もあるけれど、薪が燃え尽きるまでの20分ぐらいの行事になってしまいました。

お盆帰省中のご家族も一緒になっての送り火。あちらこちらで
「元気そうだね。いつ帰ってきたの?いつ帰って行くの?」
とか
「久しぶりだね。どこに住んでいるの?」
など、久しぶりにああったご近所の帰省客同士が会話をしていました。

昔はご近所の距離が近くて、プライバシーなどというものは無くて、お互いになんでも筒抜けでした。

最近はお隣のお嫁さんがどこに勤めているのかも定かでないような状態です。

煩わしさは半減しましたが、寂しさは何倍も増したような気がします。

我が家でもご宿泊のお子様に花火をプレゼントして楽しんでいただきました。

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今年初めての試み。まずは大成功のようです。

娘もご先祖様も送り火の煙に乗ってお帰りになったことでしょう。
忙しくてあまりお盆のお供えもできなかったけど、ご先祖様たちは忙しいことを喜んで下さったと思っています。といいますか・・・・・不肖の嫁はそう思いたいです。

by asahikanokami | 2010-08-16 21:45 | 新地町の人々 | Comments(5)

いなくなった???

海から戻ってきた若い女性のお客様が
「ビーさんがいなくなってしまったの・・・・・」
と半ベソをかいてお帰りになりました。

えっ!!それは大変!!

「どこではぐれたんですか?遊泳中にいなくなったんですか?まさかおぼれているなんて言うことはないでしょうね?」

私の顔は驚きでちょっと青ざめていたかもしれません。

すらりと長い脚を水着から出して、まるでモデルのような美人のお嬢さん。
きょとんとして私を見ています。

無理もありません。初めて来た浜で、お友達がいなくなってしまったんですから。呆然となるのもわかります。

「これから一緒に行って二人で浜を探しましょう。それとも警察に連絡して探してもらいましょうか?」

するとお嬢さん、大慌てて
「いえ、いえ。もう古いビーさんですから探さなくてもいいです」

なんということを!!古いお友達ならなおさら必死に探さなきゃならないでしょうよ!!

と・・・・・ここで気がついた・・・・・。

ビーさんって人じゃないのね・・・・・・。えっ????ビーチサンダルの略ですか!
てっきりAさん、Bさんの「ビーさん」だと思っていました。
いなくなったではなくて、なくなったって言ったんですか・・・・・。ビーサン・・・・。

そう言えば昔、友人の英子さんが
「えいこ様のえいはどのような字を書きますか?」
と聞かれて
「英語の英です」
と答えたら
「〇〇A子様」
という手紙が届き
「私は犯罪者じゃない!なんで匿名で手紙が来るんだ!!」
って怒っていたっけ。

なくなったのはビーチサンダルで、ビーさんでなかったのはなによりです。考えてみたら、いなくなった人を匿名で言うのも変です。そのあたりで人じゃないって気がつかない私って・・・・・・(汗

ほっとしたらおかしくておかしくて、おなかがよじれるほどお客様と二人で大笑いしました。

お嬢さま、年配者に話す時には略さないで、フルネームでお願いいたします。

by asahikanokami | 2010-08-11 20:30 | 我が家のお客様 | Comments(4)

遊海新地の花火

おかげ様でなんとか最後の方の花火を見ることができました。

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カメラを持ち出してシャッターを切ったのですが、シャッターチャンスをうまくとらえることができません。

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やたらめったらシャッターを切って、花火が映っていたのは5枚だけ。

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あとは真っ暗な空とか、わずかに残った火の粉など。
花火って写真に撮るのは難しいです。

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by asahikanokami | 2010-08-07 22:16 | 新地町の人々 | Comments(2)

今日は遊海しんち!!

今日は「遊海しんち」というイベントが、我が家の前の浜で行われています。

「遊海」と書いて「ゆかい」と強引に読ませます。ちなみにこの名付け親は私です。

午前中はビーチフラッグやビーチバレーの大会。それから漁船を大漁旗で飾って、海上パレード(これが勇壮で、一回は見る価値あり)があったり、新鮮なお魚を無料配布して炭火で焼いて食べようというイベントがあったりで、浜は大賑わい(・・・なはず。忙しくて見に行けない)

おかげ様で我が家も大賑わいで、しかも今夜宿泊予定のお客様が、遊海しんちに参加しようと朝早く到着したものだから、てんてこ舞いです。

夜には花火大会もあります。

我が家の前の浜から我が家の屋根のまっすぐ上に打ち上げられます。
至近距離で見る花火は、それはそれは迫力があります。

「ドン!」という音でガラスがビリビリと鳴ります。

いつも音だけ聞いて皿洗いしてますが、今夜はなんとかこの目で花火を見てみたいものです。早く後片付けが終わりますように!!

by asahikanokami | 2010-08-07 12:47 | 新地町の人々 | Comments(2)