朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2011年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧


被災地の雇用を何とかしたい

コメントのお返事はちょっと待っていてくださいね。

さて今日は、被災地の雇用問題です。

11月20日に、福島県県議会議員と新地町町議会議員の選挙があります。
選挙管理委員の私は、10月中ごろから会議が続いています。

今、一番問題なのは、町外に避難している有権者に、いかにして選挙の周知を図り、入場券を届けて投票してもらうかです。なにしろ、地震津波に原発という大混乱の時に、住所変更などの届け出をする暇なく、町外に避難した人が数多くいるのです。

その人たちの居場所がわからないことには、投票してもらえません。

新地町はまだよい方です。全員が避難している飯館村や双葉郡の市町村は、有権者の把握に四苦八苦しています。

福島県は何万人もの人が県外に避難しているのです。仮に原発が収まったとして、その方たちははたして戻ってきてくれるのでしょうか?福島県はこのまま過疎県になるのではと心配しています。

原発の心配がないとはいえ、宮城県、岩手県、青森県の沿岸部も同じような心配があります。
仕事がなければ人は戻ってこないでしょう。人が戻らなかったら復興なんてありえません。

戻ってもらうために、なんとか被災地に雇用の場を作りたい。
そんな熱い思いを持った人々が「みちのくお遍路プロジェクト」を立ち上げました。

企業を誘致して・・・・などと悠長なことをしていたら復興なんて先の先になってしまいます。
とりあえずは、今あるものを利用して雇用促進し、復興をしようというのです。県外に避難した人たちに戻ってきてもらおうというのです。

政府は5年以内に、今回被災した沿岸部に、産業道路を作ると言っています。その道路を利用して、福島、宮城、岩手、青森の四県の沿岸部に八十八か所のメモリアルモニュメントや神社仏閣を決め、東北お遍路道とします。

そしてそれぞれの場所にご朱印を置いて、鎮魂と復興援助の願いを込めたお遍路をして、各地を廻ってもらおうというのです。現存するところを利用するのですから、改めて建設する必要がありません。また被災したもの、たとえば高田松原に一本だけ残った松の木などもメモリアルモニュメントとして八十八か所の中に含めます。

もし、全国からお遍路さんが集まってきたなら、食事をする場所や宿泊するところやお土産屋さんが元気になります。それに付随するお店も元気になります。必然的に雇用も生まれます。

被災地は、月日が経つと共に、原発以外のニュースが流れなくなり、忘れられつつあるようにおもいます。
まだまだ支援は必要なんです。復興なんてほんの一部の人にすぎません。多くの人は3月11日で立ち止まったままなのです。

どうぞ忘れないでください。
どうぞ応援してください。

そのためには、実際に現地を見ていただくのが一番です。

いろいろな願いを込めて、震災から500日目に「東北お遍路プロジェクト」が始動する予定です。

まだ準備中ですが、いろいろな人が知恵を絞り、東北を元気にするために頑張っています。
私は何もできないけれど、なんだか楽しそうでおもしろそうで、皆のお話を聞いているだけでわくわくするので、野次馬代表で参加しています。

はっきり決まったらまたここでお知らせいたします。

by asahikanokami | 2011-10-28 22:35 | 避難生活 | Comments(17)

ふくみみ出演

さて、いつまでもサボってないで、ぼちぼちブログを書くことにしましょう。

先月末からいろいろなことがあって、大忙しの一か月でした。
朝日館の女将から解放されて、私の世界が一段と広がりました。

その大きな一因が、たくさんの方からの応援です。
本当にありがたいと感謝しています。こんなにもたくさんのお力をいただくと思いませんでしたので、そのたびに涙腺の弱い私はうるうるしています。

そのことは、おいおいブログで書きたいと思っています。

さて、今回はテレビ出演したことを書きます。

9月30日、NHK福島の「ふくみみ」という番組に出演してきました。

「新地の昔話」を紹介していただきました。
新地語ってみっ会の皆が語りをしているところを取材してもらい、本ができるまでのいきさつについて私がインタビューを受けました。

以前にもこのブログでご紹介しましたが、この本は震災の数日前に、印刷発行をしてくださった「きれい・ねっと」の山内尚子さんにデータを送ったおかげで出来上がった、奇跡とも思える本なのです。

震災が起きて、私の生死が不明の時に、尚ちゃんは私が生きていてほしいと願って、私が生きていると信じて、前書きもあとがきもない原稿で本を製作してくれていたのです。

なかなか電話がつながらなくて、やっと繋がったっときに
「なおちゃん!私は生きているからね。本を作ってね」
と言うと
「みほりんさん・・・・生きていてよかった・・・・・・もう作っていますよ」
と涙声で言ってくれました。

この本は奇跡の本であり、尚ちゃんと私の友情の本でもあります。

そして尚ちゃんと尚ちゃんのご両親は無料で200冊の本を作って
「新地町の皆さんがこの本を手にしたり、又語ってみっ会の皆さんのお話を聞くことで元気になりますように」
と送ってくださったのでした。

新地の人たちは、土地の言葉で書かれた昔話を通して、改めて新地の豊かさ、素晴らしさを再認識し
「元の新地よりももっと美しい新地にしたい」
と、勇気と復興の力を貰いました。

もうすでに700冊が売れたという事実はこのことを証明しています。多くの町民がこの本から元気を貰ったと確信しています。

さて、テレビ出演に当たり、久しぶりに仙台のデパートでワンピースを買ってきました。毎日、いただいた洋服ばかり着ているので、たまには自分で好きな洋服も着てみたいとわがままが出ました。

ところがテレビ出演の前夜、作務衣で出演してくれと電話が来ました。
えぇっ・・・・・・・せっかく買ったお気に入りのワンピースなのに………涙

翌日、作務衣を持参してテレビ局に行きました。

カメラテストをしたらワンピースの方が良いということになりほっとしました。インタビューは生出演だったので、ちょっと緊張しましたが無事に放送されました。

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by asahikanokami | 2011-10-24 21:39 | 私のこと | Comments(7)

ごめんなさい

コメントのお返事もしてなくて、ブログの更新もしてなくて、もしかしたら・・・・・とご心配をしてくださったみなさん、ごめんなさい。

すごく元気です。

今まで家の中でばかり仕事をしていた、箱入り女将さんだった私。

津波のおかげで女将さん業を卒業し、外の世界に飛び出すことができました。

籠の鳥の時に
「あぁ・・・あれに参加したいなぁ」
「あぁ・・・あれをしてみたいなぁ」
と思っても、大概のイベントは週末で、週末が忙しいという因果な商売のために参加を諦めていました。

晴れて何にも縛られず自由の身になったら、毎日がすごく楽しいのです。
ミーハーな私は、臆することなく、面白そうと思ったものに飛びつき参加しています。

今までは『朝日館の女将』という大きなものが、背中にぴったりと張り付いていて、行動や言動にブレーキがかかっていました。朝日館の看板を傷つけてはいけないと、いつもそのことが頭から離れませんでした。

何せおっちょこちょいで、一言多い私。うっかりとしたことで後悔することが多かったので、なおさら慎重にと心がけていました。それでもずいぶんと失敗が多かったです。

もちろん、今でも朝日館という看板を、背中に背負っているという自覚はなくしていません。
これからの人生でも、朝日館という看板は、きっと私を支え、応援してくれると信じています。
朝日館が大好きでした。女将という仕事も大好きでした。
だから、私のこれまでの人生は幸せでした。

それにも増して、その後の私の人生もまた、なんという楽しさなんでしょう。
何か、何と言ったらいいのか・・・・・大きなものから解放されたような自由な気持ちです。

思わぬところから、どんどんいろいろな人と繋がりができ、いろいろ楽しいイベントに参加しています。

おいおいブログに書きたいと思ってはいるのですが、何しろ毎日お出かけが多くて、落ち着いてパソコンに向かう暇がありません。嬉しい悲鳴を上げています。

明日からまた、いろいろなことを予定しています。

撮ってきた写真だけは一杯たまっているので、なるべく早く次のブログを書きますのでお待ちくださいね。

追伸

仮設はずいぶんと寒くなってきました。ファンヒーターや石油ストーブは使用禁止とのことですが、電気ストーブとエアコンだけで、この寒い東北の冬を越すことができるのでしょうか。
光熱費は自己負担なので電気ストーブやエアコンを使用できない家庭もあります。

おまけに福島は除染がはじまり、はぎ取った校庭の土の置き場に困っています。各家庭で高圧機で洗い流した水の行方も心配です。

by asahikanokami | 2011-10-19 09:58 | 避難生活 | Comments(7)

ほらほら・・・・あれあれ・・・・ほら、あれだってば!

先日、福島の代表的な昔話の語り部でいらっしゃる横山幸子先生の出版記念パーティがありました。

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レディの年齢を公表するのは気が引けるのですが、横山先生は御年80歳。
それなのに細い皮のパンツをはいて真っ赤なジャンパーでさっそうとお出かけになる、とてもおしゃれでお元気な方です。

その横山先生。あちこちで昔話を語り歩いています。県内はもちろんのこと、海外までも。
フランスやミャンマーでは、その土地の言葉を覚えて現地言葉でお話をされたそうです。

福島弁でさえうまく語れない私にとって、それは至難の業、奇跡のように思えます。

さらに平成5年の北海道を皮切りに、なんと全都道府県でお話会を開始しました。それが昨年、全都道府県でのお話会開催を達成したことを記念して、ご自分の人生を振り返り本になさいました。
題して「お話しおばさんの『むか~しむかし』」

それには横山先生の今まで歩んできた語り部としての人生のすべてが書かれています。
たくさんの人との出会い。楽しい出来事。横山先生ならではのエピソードが満載です。
そして改めて思います。
このエネルギーはどこから生まれるのだろう。
その行動力に脱帽です。はたして、私も横山先生のように元気で語り続けられるだろうか。昔話を志す者にとって、横山先生は良いお手本であり、目標です。

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さて、横山先生のパーティ。
私たち語ってみっ会のメンバーは、ちょっと早めに会場に着いてしまいました。
まだ会場には人も少なくてぽつんぽつんと何人か座っているだけでした。

ちょっと人だかりができているのは、岩手県や山形県などの有名な語り部さんの周りです。

その時、最前列の真ん中のテーブルにぽつんと一人で座っている人がいました。
見覚えがあります。誰だっけ???

ほらほら・・・・あの人・・・・あの人・・・・名前が・・・・名前が・・・・・。

席次表を見ると「井上堯之」というお名前が。
ああ!グループサウンズのギターリストの井上堯之さんだ!!

芸能人は、ファンに付きまとわれるのも迷惑だけれど、誰にも気が付かれないのはもっと悲しいと聞いたことがあります。

こういう場合、おっせっかいおばさんに変身する私。知っていますよってアピールして来よう。ファンですって言ってあげよう。

そばに行って
「ファンでした。写真を撮らせていただいてもいいですか」
と言うと、とびっきりの笑顔で
「どうぞ」
と言ってくださり、握手までしてくださいました。ちょっとムッとしていたお顔が、その後気のせいか笑顔になったと思いました。

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席に戻ったら語ってみっ会のメンバーが
「誰?」
「ほら、グループサウンズのギターリストの井上堯之さん。写真を撮らせてもらった」
「なんていうグループサウンズ?」
「・・・・・・・。ほらほら・・・・・・あれあれ・・・・・・ほら、あれだってば。え~~~っと・・・・タイガースでなくて・・・・テンプターズでもなくて・・・・・・ワイルドワンズでもなくて・・・・・サザンではもちろんなくて・・・」

ご本人にファンですなんて言ってきたのにグループ名が思い出せません。

家に帰ってからもずっと考えていたのですがどうしても思い出せません。

夜中に突然思いだし
「スパイダース!!」
と大きな声で叫んで
「うるさい!」
とおっとっとに叱られました。

by asahikanokami | 2011-10-02 17:22 | 避難生活 | Comments(8)

イギリスから届いた小包

昨日、私の所に小包が届きました。

宛名に「みほりん様」とあり、送ってくださった方のお名前がありません。
はて?どなたが送ってくださったのかしら????

見ると国内小包ではなくて海外からの様です。
この切手。エリザベス女王の横顔っていうことはイギリスから届いたのでしょうね。

急いで開けてみたらたくさんの紅茶とクッキー。

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そして大変にご丁寧なお手紙が入っていました。

このブログをご覧になって送ってくださったとのこと。
なんだかとても嬉しくてお手紙を抱きしめてしまいました。

しかしお手紙にもお名前はありません。
どなたが送ってくださったのでしょう。

たぶんそっと応援してくださるおつもりなのでしょう。
優しいお心使いに感謝です。本当にありがたいです。

本場の紅茶なんて、すごい!すごい!嬉しい!嬉しい!
仮設のみんなでいただくことにしましょう。

幸い、この7日に安孫子にあるホステリックビューティ レポワールを主催している池田梨加子先生が、ハンドマッサージの無料講習会をしてくださることになっています。

その時に、講習会終了後に皆で本場の紅茶でアフタヌーンティをしたいと思います。皆、喜ぶだろうなぁ。

このブログを見ていてくださっているそうですので、この場でお礼を申し上げます。

ご住所もお名前もわからないのでお礼状が出せませんでした。「みほりん様」とう宛名がとても嬉しかったです。どうもご馳走様でした。ありがとうございました。
7日の模様もブログでアップしますのでどうぞご覧下さい。

by asahikanokami | 2011-10-02 12:03 | 避難生活 | Comments(4)