元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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しあわせ

津波が収まって来たので、町役場の三階が急きょ避難所になりました。

机や椅子が廊下に出され、各会議室に30人ぐらいづつ入りました。

誰もが無言で青白い顔でぺたりと床に座っています。
小学生、中学生はそれぞれの学校で無事なので迎えに来てほしいと館内放送があると、どっと歓声が上がり、本の少しだけ場が和みました。

「○○はいませんか?」
ひっきりなしに家族の所在を探す人が訪ねてきます。

息子の携帯にはまだ繋がりません。

必死になって掛けてもどうしても繋がりません。右手の親指の付け根は、すでに腫れています。左手に持ち替えてなん百回打ったことでしょう。

奇跡的に繋がったのです!

「もしもし、もしもし」

返事がありません。

「もしもし!正嗣!正嗣!!」
周りの迷惑などすっかり忘れて大声で怒鳴りました。
その時、電話の向こうから嗚咽が聞こえ
「お...かあ....さん....生きてた....死んだかと思った....」

息子が泣いていました。私もとりあえず息子の無事が確認できて全身の力が抜けていくようでした。

息子は六号線が寸断されて通れなかったので、山側の道を迂回して中学校まで到着したそうです。
中学校も避難所になっていたので、そこにいるうちに、入ってくる情報は
「釣師や大戸は全滅だ」
「多くの行方不明が出ている」
などと聞いて、両親は死んだと覚悟したらしいのです。

これから先、朝日館を閉めるのにはどうすればいいのか、一人で生きていくのにはどうすればいいのか、どん底に引きずり込まれた気がしたそうです。

中学校から役場に移動してきた息子の顔を見たときには、三人とも涙でぐしゃぐしゃでした。

その夜は、配られた毛布にくるまって余震が続く中、役場の三階の会議室でまんじりともせずに一晩を明かしました。

親子三人、毛布にくるまって方寄せていたら、とても不思議な気持ちになったのです。

なんというしあわせでしょう。
親子三人生きている。これ以上の幸せがあるでしょうか。

何もなくなった。きれいさっぱりとすべて流されてしまった。


だけど、三人の命、これ以上の望みはありません。
流されたものすべてが惜しいけれど、でもすべての物はきっぱりと諦めることが出来ます。

もし、息子の身に万が一のことがあったらと思うと、背筋が寒くなります。

生きていてよかった。

そう思った瞬間、なんとも言えない幸せな気持ちになり、その幸福感は、今でも続いているのです。 

by asahikanokami | 2011-04-04 09:49 | 避難生活
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