元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

三陸大津波

小学生の頃、三陸大津波の話を何度も聞きました。

私が住んでいたのは岩手県の岩泉町。三陸海岸まで車で30分ぐらいでしょうか。

学校の先生からも、近所のお年寄りからも聞かされました。

私が津波の怖さを心に刻んだのは、5年生の海浜学校の時です。

食事を作って下さっていた地元のおばさんと先生の会話を聞いたのです。
おばさんは、津波の恐ろしさを語っていました。

津波が引いたあと、高い木に髪の長い女の人がはだかでひっかっかって死んでいたという話は、私を震え上がらせました。

裏山のてっぺんにある神社の何段めまで波が来て、それよりも下の人は逃げ切れず流されたという話も怖かったです。

子供の頃から好奇心いっぱいで、思い立ったら即行動する私は、神社があるという裏山に行ってみました。

おばさんが言った段数を数えて登ってみると、それは想像以上に高く、遥か下に海が見えました。
小さな入り江には、数せきの手漕ぎ船。何軒かの小さな家が並んでいます。

海面がこんな高いところまで来たのが信じられない高さでした。
ここより下までしか逃げることができなかった人は、流されて助からなかったのか!....

小さかったせいもあり、その位置がとても高く感じられて、木のてっぺんで髪を絡ませて死んでいた女の人の話と重なり、なおいっそうの恐怖となって私の記憶に残ったのでした。

今回、地震の後で津波が来ると思った瞬間、きっとどこかで子供の時に聞いた津波の恐怖が、逃げるという選択をさせてくれたのかもしれません。

小学生時代を岩泉ですごし、津波の恐怖を聞いて育ったことが、私たち夫婦の命を救ってくれました。

これから先、私も小さい人たちに繰り返し、繰り返し自分の体験を語っていきたいと思っています。

by asahikanokami | 2011-04-05 21:49 | 避難生活
<< 家族会義 あぁ我が家よ >>