元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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保健センターへ

3月14日、役場の三階から隣の保健センターに移動することになりました。

町役場は対策本部になり、続々と自衛隊や全国の消防隊が駆けつけてきてくれました。

駐車場にずらりと並んだ救急車や消防車の横に、どこにあるのか聞いたこともない地名が書いてあります。

どのぐらいの距離を走って来てくださったのでしょう。途中、きっと道路が寸断されていたり、崖崩れの所もあったことでしょう。

自分の命もかえりみず駆けつけてきてくれたのかと思うと、ありがたくて頭が下がります。

保健センターは、大きな部屋に全員で雑魚寝です。

救援物資も少し届くようになり、下着や膝掛けや毛布等が配られました。

食事は自衛隊の方がご飯を炊いてくれるので、味噌汁や簡単なおかずはみんなで作ります。

女性中心に30名ほどが交替で三度の食事の準備係が結成されました。

男性たちはトイレ掃除と部屋掃除の班ができ、毎朝のラジオ体操の係、換気係、カ-テンを開ける係など、細かく分担が決まりました。

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(ラジオ体操)

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(お掃除はほこりが立たないようにぬれた新聞紙をちぎって撒く。おばあちゃんの知恵が役に立つ)

全員が被災者。全員が全て無くしたという共通の境遇が、不思議な連帯感を生んでいます。

狭い所にぎっしりと人がいるので、何か問題が起きそうな予感がしたのですが、予想に反して、和気あいあいと避難所生活はスタートしました。

by asahikanokami | 2011-04-07 09:15 | 避難生活
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