元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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美地ちゃんの歌声に包まれて

友人で障害者施設の保母をしながらシャンソン歌手をしている美地ちゃんが、南相馬市の避難所に慰問にきてくれることになりました。

「その前にみほりんの顔を見に行くからね」
と電話をもらいました。ちょうど良いぐあいにその日は息子がお友達のところに遊びに行くので留守。

「じゃあ、ここに泊まりなさいよ。仮設に泊まるなんてなかなかできない経験だよ」
といったら、最初は遠慮していたみっちゃんですが、宿泊することになりました。

一緒に機材を運んできてくれる和尚こと、便利屋さんをしている柏崎さんと一緒に、「仮設朝日館」宿泊客の第一号になりました。

ちょうど読売新聞相馬支局の若い記者さんが、我が家を取材に来るというのでみっちゃんのことも取材してもらいました。

いつもの朝日館なら、新地の港に上がったカニや魚で料理を作ることができるのですが、なにせ釣師港は被災し、その上さらに腹立たしいことに、原発事故で福島の魚は安全宣言が出ていないのです。

仮設の狭い台所で、とりあえずのお料理。それでも仲良しのお友達と囲む食卓は楽しいです。

翌日、南相馬市まで一緒に出かけました。実は相馬市以南に出かけるのは、震災以来初めてだったのです。新地町も、相馬市も目を覆う惨状です。しかし、南相馬市の鹿島区に入ったら、国道六号線のすぐそばに何艘もの漁船が打ち上げられていて、まだ片付いていませんでした。ここまで津波が来たのかと思うと、震えがきました。

南相馬市の第二中学校の食堂で、みっチャンのコンサートをしました。
ここに避難しているかた達は、もちろん地震や津波で被災しているのですが、その上原発事故で避難している人たちでした。

みっちゃんのコンサートの準備をしている間に、何人かの方とお話をしました。福島市、新潟県などを転々と避難してここに来たのだそうです。小さなお子さんたちは新潟に避難していて、ご両親と息子さんは仕事の関係でここにいるのだとか。

「原発さえなければ、家族が離れ離れに暮らすことなんてないんだげんちょ・・・・」
寂しそうでした。

お話をしていたら、とてもよい香りが漂ってきて見るとお部屋の隅でコーヒーやさんが開店していました。
石川県能美市から来てくれた橘さんという方。とても香りの良いおいしいコーヒーをご馳走してくださいました。

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美味しくて二杯もいただきました。ひっきりなしにいろいろな人が来てコーヒーを飲んでいってました。

みっちゃんのコンサートがはじまりました。彼女の人柄がそのままの歌声は、やさしく、柔らかく、透明ですっぽりと体中を包んでくれます。

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聞きにきてくださった方は、みっちゃんと一緒に大きな声で懐メロや童謡などを歌って、しばし楽しいときを過ごしたことと思います。

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今回の訪問にあわせて、みっちゃんが新しいCDを作りました。
表題になっている「聴かせて」という曲は、亡くなられたテレサ・テンさんの墓前に奉げるために、荒木とよひささんと三木たかしさんが作った曲です。

紆余曲折があってその歌をみっちゃんが歌うことになりました。
「聴かせて あなたの哀しみを 生きることの意味を 息を止めて 涙の中で」
という歌詞は、みっちゃんの声で聞くと涙が止まらなくなります。

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このCDは「東日本大震災支援アルバム」と副題が付き、売り上げ利益は社会福祉協議会を通じて、被災者に届けられます。

その上、被災者には無料でプレゼントしてもらえます。
会場でも多くの方にプレゼントされて喜ばれました。

コンサート中には、涙を流して聞いている人もいて、私までじーんとしてしまいました。
いつ聞いてもみっちゃんの歌は、心まで暖かくなります。

by asahikanokami | 2011-06-28 17:15 | 避難生活
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