元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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あれから5か月

いろいろ書きたいことがあるのに、暑くて頭が動きません。

おまけに、新盆を迎えるにあたり、行方不明の方の告別式が目白押しで、おっとっとは黒い服でお出かけが多くなりました。

そうです。きょうで5か月経ちました。ずいぶん昔のようであり、つい昨日のことのようであり、私の頭の中も混乱しています。

まだ行方不明の方は4700人もいるそうです。そのご家族の思いはどんなにか辛いことでしょう。

先日の告別式。行方不明の奥様のことを
「遺体が見つからないうちは、どこかに生きているとかすかな希望を抱いていました。しかし新盆を迎えるにあたり、供養してやるのも愛情かなと告別式をする踏ん切りをつけました。しかし、納骨しようにも骨の一片、遺髪の一本もありません」
とお話しされたそうです。

そして、遺骨があっても墓地が被災して納骨もできません。墓石は流され、砂に埋もれてしまいました。そして、今はそこが瓦礫置き場になっています。

瓦礫置き場にする前に、墓石を捜し掘りあげてくださったそうです。いくつかの墓石が見つかりました。中には全く無傷で見つかったお墓もあるそうです。

菩提寺の龍昌寺さんが、墓地を流された人全員に、無償で新しい場所を提供してくださいました。
我が家のお墓も、被災した釣師北墓地から、新しく龍昌寺境内の墓地に移ります。

お墓を建てなきゃと心配したら、方丈さんが
「あわてることはありませんよ。まずはご自宅を建てなさい。それからゆっくりとお墓を建てればいいのです。お墓を建てないと怒るご先祖様は一人もいません。ご先祖様はすべからく子孫の幸せを望んでいるのですから」
とおっしゃってくださり、ほっと安心しました。

暑くて、後で、後でと思っているうちに今日になってしまいましたが、近いうちに自宅や雑草の緑で埋まった被災田圃の写真を撮ってきてご紹介したいと思います。

そうそう、忘れないうちにここに書いておきます。

今日の新聞(河北新報)に「てんでんこ」について解説が載っていました。

「津波てんでんこ」という言葉で紹介された「てんでんこ」。
てんでんばらばらにという意味です。津波の時は、それぞれがまず自分のことだけを考えていち早く逃げ、高台でお互いを確認すること、という昔からの津波の教え。

その「てんでんこ」の語源は、「点点」ではなく「手に手に」なそうです。
その後に「ばらばら」と続けないで、「馬っこ」「花っこ」などと愛する物や愛らしいものにつける愛称の「こ」を付けた、東北人の言葉に対する感性に優しさを感じます。

あの震災から五か月。思いはてんでんこ。そして一人一人には、それぞれてんでんこのドラマがありました。
これから先も、てんでんこに、だけどその後にはけっして「ばらばら」と続けず、手に手を取って頑張っていこうと思います。

明日から、あ・・・・今晩からだった・・・・・・・新盆を迎える人たちのために、仮設でできることをして応援していきたいと思っています。昨夜は「お父ちゃん会議」そして、今夜は「お母ちゃん会議」です。なぜ合同でしないかというと、それぞれ作業が違うからです。

小川公園仮設住宅では、12日には集会場に祭壇を作り、13日は迎え火を焚きます。14日はおはぎを800個作って配ります。15日はうどんを作って供えます。16日は送り火を焚きます。

その合間に、我が家のお墓参りや実家や親類ののお墓詣り、新盆のおうちのお参りなど、忙しいけれど充実した日が続くと思います。

東京のご報告や観海堂の石碑のことなどはお盆明けに!!

by asahikanokami | 2011-08-11 16:16 | 避難生活
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