元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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迎え盆

13日は迎え盆です。
いつもなら、自宅にお盆の祭壇を飾り、夕方にちょうちんを灯してお墓までお盆様をお迎えに行きます。

夕方、自宅前に松明を焚き、迎え火にします。

しかし今年は、新盆を迎える人が多いのに、狭い仮設住宅では祭壇も飾れません。
また、3月11日から時計が止まってしまっている方もいます。とてもお盆の準備などできないでしょう。

私が娘の新盆の時もそうでした。お盆の準備をと思うのですが、何もしたくありませんでした。娘の死を受け入れることなど出来なかったのです。頭では理解していても、心が拒否するのです。娘の死を認めたくなかった。

あの時のことを思うと、新盆を迎える方の気持ちがとてもよくわかり、何かしないではいられませんでした。
幸い、仮設の自治会長さんの奥さんや、我が家のご近所の奥さんたちも同じ気持ちだったようで
「集会場に合同で祭壇を作っぺ。みんなでお盆を迎えるべ」
と相談がまとまりました。

それぞれのご主人たちや区長さんが協力してくださって、集会場に立派な祭壇が出来上がりました。

自宅からお位牌を持ち出すのはいやだという方もいたので、無理強いはせず、希望者だけということにして祭壇に遺影と位牌を飾ることにしました。

新盆のお家だけでなく、どこのお家のお位牌も遺影も並べていいということにしました。集会場に行くと、釣師地区全部のお参りができるのです。

もちろん、避難するときに持ち出した我が家のお位牌4つ(位牌の単位はなんていうのかしら???)と舅と姑二人並んだ写真と娘の写真を飾りました。

我が家のお位牌を並べた時には、少ししか並んでいなかったので、はたしてどのぐらいのお位牌が並ぶのかちょっと心配でした。言い出しっぺの私としては、余計なお世話だったかなと思ったのです。

しかし夕方になって集会場に行ってみたら、祭壇に並びきれないほどのお位牌と遺影やお供物が並んでいて、ちょっとホッとしました。

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龍昌寺の方丈さんから
「読経をさせてください。こちらからお願いして伺うのですからお布施など何もいりませんので、ご心配なく」
というお申し出があり、親子三人できてくださいました。

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読経が始まると集会場はぎっしりと人が集まり、中に入れない人が外にまであふれて、みんなで地域の全部のご先祖供養をしました。

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龍昌寺さんの息子さんお二人は、本山にあがっているので、今回は運良く三人が揃って来てくださいましたが、もしかしたら三人が揃うのは今回が初めてで最後かもしれないそうです。

三人で揃ってあげてくださったお経は、さすがに親子だけあって、声が揃っていて、聞いているとありがたくて涙が出ました。多くの方が泣いていました。

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いろいろな思いを抱き、いろいろな気持ちで迎えたお盆。

読経の後は、皆で迎え火を焚き、花火をし、スイカを切って食べました。

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(写真の丸いのは、お月様ではありません。たまゆらが写っていました。ご先祖様かな?笑 )

我が家では迎え火や送り火を焚くのは、このあたりで家督息子と呼ばれる長男の役目。今年も息子が焚きました。

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毎年、お盆を迎えてきたけれど、今年ぐらい心に響いて、悲しくて、それでも暖かいお盆を迎えたことはなかったような気がします。子供と一緒に、大人も子供に帰って花火をして、スイカを食べて大騒ぎして、大喜びしました。老いも若きも一緒になってみんな楽しそうでした。

迎え火に導かれて我が家に戻ってきたご先祖様も、ここでみんなで力を合わせて楽しく暮らしている様子を見て、きっと安心していることでしょう。

by asahikanokami | 2011-08-17 22:11 | 避難生活
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