元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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半年経って

今日は震災から半年。
もう半年たったのかという感慨と、あの朝日館での生活がはるか昔だったような気がする寂しさとが、交錯します。

朝からテレビ局はこぞって震災特番を放送しています。

半年たっていろいろなことがわかり、その検証が行われています。

震災の翌朝、白々と明けていく朝の光の中に、黒く浮き上がって見えた朝日館を忘れることができません。
「朝日館かしら?でもちょっと違う気もするし・・・・・」

目を凝らして見ると、一面茶色の瓦礫の中で、傾いてはいるけれどちゃんと建っている朝日館を確認できたとき、身震いするほど嬉しかったです。

あの日、多くの方が亡くなりました。

消防自動車で避難を呼びかけて廻っている時に被災した消防団の方。
防災無線で最後まで町民に避難を呼びかけて亡くなった若い職員の方。
子供たちと一緒に送迎バスに乗っていて流され、濁流に沈むバスの中から子供たちを救い、自分は力尽きて亡くなった幼稚園の先生。

行方不明者を加えると1万6千人の人たち。それぞれに1万6千のドラマがあります。

先日、スーパーで会った友人に
「元気だったの?助かってよかったね。運がよかったんだね」
と言われました。

素直にお礼を言ってきましたが、心に少し引っかかるものがありました。

帰宅して一人、考え込んでしまいました。

それでは、亡くなった人は運が悪いのだろうか?

消防団の人も、若い職員の人も、幼稚園の先生も、その人生を思うとき、運が悪かったなんて思えない。
短い人生だったことは悲しいけれど、運が悪いなんて絶対に言えません。

まだ元気だったころの娘に言われたことがあります。
「私が癌になったことをかわいそうなんて言わないでよ。少なくとも、私はおかあさんに同情されるような人生を歩んでないからね。私は、私の残された人生を、自分が納得できるような生き方をしてるんだから。私の人生はちっともかわいそうじゃないんだから」
と、娘にしては珍しく強い口調で抗議されたことがあります。

亡くなられた方は、まだまだやりたいこともあったでしょうし、心残りも多かったとは思いますが、自分の一生を、運が悪い人生だったとは思っていないと確信します。

それぞれ、多くの方を愛し、多くの方に愛され、精一杯生き抜いた実り多い人生だったと思っていることでしょう。

翻って、こうして命を残された私は、この先の人生で何をしなければならないのか。
日々、それを思います。

還暦を過ぎた私に後どれだけの人生が残っているのかわかりませんが、私も私なりに自分の人生を悔いのないように、大事に生きていこうと思います。

by asahikanokami | 2011-09-11 15:34 | 避難生活
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