元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

除幕式

コメントのお返事も書けないでいます。ごめんなさい。
今日は、エコたわしの活動日。明日は、ガーデニング教室と取材。あさってには、まとめてお返事が書けるでしょうか???それとも?????

さて、昨日は東北お遍路のポイントの第一号標柱の除幕式でした。
雨が降ったらどうしようと、そればかり心配しておりましたが、良すぎるほどの上天気でした。

東北お遍路プロジェクトの新妻代表があいさつをして、町長さんや北畑墓地会の会長さんや龍昌寺ご住職の祝辞があり、私が経緯説明をしました。

f0061402_105838100.jpg


f0061402_10591325.jpg


なぜなら、ここをポイントにと推薦したのは私だからです。

あの日。すべてを飲みこんで行った津波は、自宅や旅館だけでなく、お墓をも連れ去って行きました。
3月20日。お彼岸の中日に墓地に行くと、そこは瓦礫と砂と泥しかありませんでした。
おっとっとと二人で、ずいぶんと探しましたが、お墓を見つけることはできませんでした。

何もなくなった場所に、お花とお線香を手向けました。
悲しくて涙がこぼれました。長いこと手を合わせても、空しくて、空しくて涙が止まりませんでした。
お墓の中にあったはずの、娘の遺骨はどこに流されたのでしょう。
「海に散骨したと思うことにするべ」
と、おっとっとは言いましたが、それでも空しさをどうすることもできませんでした。

その年の7月。墓地会の皆さんとお寺さんとで、北畑墓地の墓石を探し出して、すべてを龍昌寺に運んだという話を聞きました。
急いで行って見ると、多くの墓石が並んでいて、その中に我が家のお墓もありました。
行方不明の娘と再会したような気分で、嬉しくてお墓に抱き着いて撫で回しました。

その墓石をすべて積み上げて、その上に観音様が祭り「釣師観音」と命名されました。
新しくお墓を作りましたが、ここを参りすると先祖や娘に会ったような気がします。

また結婚して新地に住み始めたころ、慣れない生活に悪戦苦闘していた時に、暖かく励ましてくださったご近所の方で、先にお空の上に行かれた方たちの笑顔に出会う気がします。

復興には、道路も住宅も必要ですが、心の復興も必要だと思っています。
我田引水になるかもしれませんが、東北お遍路というこのプロジェクトは、改めて、被災者にとってものすごく力になっていく事業だと実感しました。

f0061402_1132775.jpg


ここが第一歩。
そして第二歩、第三歩と道が繋がって行ったなら、被災者とお遍路さんと繋がって、地域の復興の何よりの推進力になると確信します。

昨日の青空のように、すべての人の心が雲一つなく晴れ渡るように願って、次の一歩に繋げたいと思います。

f0061402_1135857.jpg


by asahikanokami | 2013-06-10 11:03 | 避難生活
<< あらまぁ!7月も終わりだわ!! 東北お遍路 第一号の標柱 >>