元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

カテゴリ:亡くなった娘の話( 27 )


4・海を越えて子守唄

天童で食事を終わったら3時半を廻っていました。

本来なら酒田へ行き、山居倉庫などを見せていただき、お米についても勉強する予定でした。しかし、ここからどんなに急いでも酒田につく頃は見学時間が終了しているというので、急遽、このまま鶴岡市の湯の浜温泉のホテルに直行と決まりました。

鶴岡市の看板が見えてきました。

私はずっと仲良しの歌手の美地ちゃんの大好きなCDを聞きながらバスに揺られていました。
今日は美っちゃんのコンサートの日です。美っちゃんはきっと素敵な歌声で皆さんを魅了していることでしょう。

あたりはドンドン雪が深くなり、さながら墨絵の世界です。
f0061402_12335242.jpg



鶴岡は娘が大学二年から大学院を卒業するまで住んでいました。その間、何度鶴岡を訪れたことでしょう。

山形から鶴岡に引越しした時は我が家の送迎用の大型バスで荷物を運びました。あの時は息子も一緒で皆で大騒ぎで荷物を運びました。

桜の頃、お花見に来たこともあります。娘がいつも美味しいお店を探し出していて、アルバイト代でご馳走してくれました。
「おかあさんにも食べさせたかったのよ。おいしいでしょう」
いつも笑顔だったあの子の顔が目に浮かびます。

「おかあさん、辛さを乗り越えて、よく鶴岡まで来れたね。私も来たかったのよ」
娘の声がどこからか聞こえてきます。

CDから偶然にも『海を越えて子守唄』の曲が流れてきました。


f0061402_12341176.jpg


遠い遠いあの日の 小さな寝息が響く
夢を愛を明日を いとしいこの子に
なつかしいあの風 あの声
立ち止まり 心引き寄せて
ねんころろ ねんころろ
ねんねんころろん  ねんねしな
この子に歌う 母の子守唄

今までかろうじて堰き止まっていた涙がどっとあふれました。
あとからあとから出てきます。

墨絵の世界。娘との楽しかった思い出。みっちゃんの透き通った歌声。

人に見られるのが嫌で窓におでこをぴったりとくっつけて、涙を流しました。

by asahikanokami | 2006-04-13 12:34 | 亡くなった娘の話

3・お雛様に出会う

f0061402_12301374.jpg
天童のレストランで食事。

山形って美味しいものがいっぱいある県なんですよね。
私はきっと美味しいもの全国一は山形ではないかと思ってます。

おそば、果物、お米、漬物、お酒、野菜、牛肉、鮮魚、お菓子などなど。それに温泉がいたるところから湧き出ています。

でもね・・・レストランでのお食事は・・・ちょっと・・・。
がっかり。まあねぇ、80名の団体で、一度に食事をするのだしお値段もきっと・・・とは思います。

「団体旅行でうまいものを喰おうと思うほうが間違っているべぇ」
とおっとっとに言われました。

ああ、我が家でも肝に銘じなければ。
美味しいお料理を出すときっと新地町の印象もアップすると思います。もし反対なら新地町の印象も悪くなることでしょう。

いつも私は冗談で『朝日館は新地町の迎賓館です』なんて言っています。
新地町に来てくださったお客様をお迎えし、おもてなしするのだから『迎賓館』という自負を忘れてはいけない。(小さくて粗末な迎賓館ですみません)

早々と食事を終えて入り口に所に来たら昨日まで雛人形を展示していたとかで、お雛様を片付けている所でした。

お願いしてちょっと見せていただきました。せっかく和紙にくるんだのに又紙をほどいて見せてくださいました。

あ~~、この優雅なお雛様のお顔に出会えただけで満足、満足。

片付け中だったおじさん!見せてくださってありがとうございました。
f0061402_12302449.jpg


by asahikanokami | 2006-04-13 12:30 | 亡くなった娘の話

2・研修

村田のインターから高速に乗ったバスは大和で下りて、今日の研修施設へ着きました。

最初は明治乳業。
牛乳を製造しています。

生乳を集荷して殺菌し乳脂肪を小さくして乳成分を均一にし、紙パックに詰めます。

その間、生乳はパイプの中で一切外部に触れることなく製品になって行きます。

どんどん詰められて製品になり、箱詰めされていきます。

雪印の事故以来、特に衛生面に気をつけていると、説明もそこのところに力が入り、予定時間を大幅にオーバーしてしまいました。
f0061402_12282825.jpg


次に訪れたのはトレーを製造している会社です。

スーパーなどから回収されるトレーを洗浄し、熱で溶かし、それを冷却して細い管にし、さらにこまかく裁断してペレットという小さなビーズ状のものを作り、それをまた、トレーの原料にするのだそうです。

そこではリサイクルについての説明に力が入り、またまた予定時間を大幅にオーバーしてしまいました。

f0061402_12285391.jpg


予定では天童市でお昼の時間なのに、まだ大和町です。

大和のインターから仙台市の宮城町にもどり、48号線で天童のレストランに着いたのは14時半を廻っていました。

おなかがグーグー。

by asahikanokami | 2006-04-13 12:28 | 亡くなった娘の話

1・同時多発解説

10日朝7時出発の研修旅行のバスにおっとっとと乗り込みました。

参加者は三分の一が男性。女性が圧倒的に多い。

バスが出発してまだガイドさんの挨拶も始まらないうちに、後ろに座ったちょっとご年配のご婦人お二人がさっそくおしゃべりを始めました。

ご年配なせいか、お互いにちょっと耳が遠いらしく、大きな声で自己紹介です。どうやら初対面らしいのが会話からわかります。

ガイドさんのご挨拶、添乗員さんのご挨拶と今日の行程の説明が始まっているのに、マイクよりも大きな声です。

「うるせぇなぁ」
わがやのおっとっとはおしゃべりで病気の時以外は口を動かしている人なんです。今朝
「恥ずかしいから大きな声で話しかけないでね。できるだけおとなしくしていてね」
と釘を刺して出かけてきたのでした。

そのおっとっとをしてわずか出発後3分で
「うるせぇなぁ」
と言わしめたご婦人達。

ガイドさんの話も添乗員さんの話も一切聞くことなくおしゃべりは続きます。

すると今度は横に座ったちょっとお若いご婦人お二人。こちらはお友達同士のようでお互いに共通のお友達の噂話が始まりました。

「うるせぇなぁ」

そしてそれに負けずと前の席の私ぐらいのお母様と若い娘さんらしいお二人もおしゃべりが始まりました。

「うるせぇなぁ」

みんな、旅行で気分はウキウキ。テンションも上がろうというものです。少しぐらいうるさいのはがまん、がまん。

ガイドさんが景色を説明します。
「右に見えているところを曲がりますと定義如来がございます西方寺に行き着きます」

後ろのお二人
「あ、この前ね、定義さんに行ってね・・・・」
横のお二人
「ほら、あんたと定義さんに行った時に大きなみそ焼きおにぎりを・・・・」
前のお二人
「おかあさん、桜見に定義さんに行ったのはいつだっけ」

ガイドさんが説明します。
「ここは作並温泉です」

後ろのお二人
「○○旅館のお湯は良いけど、料理が・・・」
横のお二人
「今度○○ホテルの裏に岩盤浴の施設が・・・」
前のお二人
「作並の方が秋保よりもお湯の質がいい・・・」

くぅ~~~。ガイドさんが説明しているのですから、他の方の説明はけっこうです。ましていっせいに説明されても聖徳太子ではないので聞き取れません。

ガイドさんが何か言うたびに、いっせいに解説をしないでください。同時多発解説は雑音です。なにせ聞きたくなくても勝手に耳に入るのですから。

それにしても・・・後ろのお二人。翌日、ほとんどの方が居眠りしている間も、ずっと大声でしゃべりっぱなしでした。二日間、休み無く、よくそんなにもしゃべることがあるものです。おかげで私たち二人も居眠りも出来ませんでした。

あのご婦人達。ずっとしゃべりっぱなしで疲れなかったのかしら。おっとっとさえもあきれかえるそのエネルギーに脱帽。

by asahikanokami | 2006-04-13 12:26 | 亡くなった娘の話

娘の思い出に会いに

4月10日は仲良しの歌手の美地さんのコンサートが東京の青山の戸川昌子さんの経営する青い部屋でありました。前々からみっちゃんのコンサートに行きたいと思ってました。

おっとっともみっちゃんのファンなので一緒に行こうと計画を立てていました。そこへ同じ10日に一泊の研修旅行の予定が入りました。

研修旅行の行き先は山形県。相馬を朝出発して、天童から酒田へ。その晩は鶴岡の湯の浜温泉に泊まり、翌日は鶴岡から米沢に抜け、高畠を通って帰ってくるという行程です。

予定表を見た瞬間に即座に
「コンサートに行く予定があるから・・・・」
とお断りしました。

実は娘は山形大の農学部に通っていたのです。大学二年までは山形市。二年の後期から大学院を卒業するまで鶴岡に住んでいました。

山形市にいるときはもちろん、鶴岡に移ってからも、なにかと用事を作っては鶴岡まで娘に会いに出かけていました。鶴岡は娘の思い出がいっぱいなのです。

まだ辛くて山形にはいけない・・・・。

でも、いつまでもこのまま逃げていてもいいのだろうか・・・。

「お母さん。私の病気を自分の人生を楽しめない理由に使うのは、私に対して失礼なことなんだよ。おかあさんはおかあさんの責任で自分の人生を楽しんで頂戴」

娘にそういわれたことがありました。今年は間もなく七回忌です。いつまでも悲しみを理由にしているわけには行きません。桜の詩にも悲しみを思い出に書き換えていくと書いたばかりです。

美っちゃんのコンサートは、また次回と言うこともあります。しかし・・・・今回の研修を断ったら・・・たぶん自分で鶴岡旅行を計画するのはまだ無理でしょう・・・今回がチャンスかも・・・。

いろいろ思い悩んだ挙句、研修旅行に参加することにしました。参加人数の関係でおっとっとも参加できると言うので、おっとっとも誘いました。

みっちゃんのCDを持参して行きます。きっと・・・途中で辛くなる時があると思います。その時には、みっちゃんの優しい歌声が勇気をプレゼントしてくれることでしょう。

娘の写真も持参して行きます。娘も思い出の地に行きたがっていると思いますので。

by asahikanokami | 2006-04-13 12:24 | 亡くなった娘の話

朝顔のお里帰り

娘が最後の夏に一鉢の朝顔を抱えて東京から帰ってきました。秋にたくさんの種がとれて、それを大事に入れ物に入れてしまってありました。

娘の机から朝顔の種を見つけたのは娘が亡くなってからでした。もう時期的には種を蒔くには遅かったのですが、庭に蒔いたら芽を出しました。

その秋にはたくさんの種が取れました。

そうやって毎年種を取ってはお友達に配ったりして蒔いていただいていました。

去年、あまりにたくさんの種がとれたので、私が参加しているメキキの会に呼びかけたところ、多くのお友達の手で世界中に蒔いていただくことができました。

夏にはあちこちの方から写真が届き、とても嬉しい夏でした。
我が家でもたくさんの花を咲かせました。
f0061402_2353016.jpg


今日、一通の手紙を受け取りました。

差出人はのぶさん。
のぶさんはニューヨークで貿易会社を経営しておられます。

去年の夏、のぶさんがベランダで朝顔を育ててくださいました。きれいに咲いた写真もいただきました。
そして今日、届いた封筒を開封してみたら出てきたのは朝顔の種。
f0061402_236074.jpg


「ニューヨークからの里帰りです」
というお手紙が一緒に入っていました。

嬉しさでじ~~~~んとしました。

今年はこの帰国朝顔も植えましょう。きっと芽を出すときには
「ハロー」
って言ってくれることでしょう。大きく育ったらアメリカのお話も聞くことが出来るかもしれません。

のぶさん!ありがとう!!

by asahikanokami | 2006-03-13 23:07 | 亡くなった娘の話

詩集が出来てきました

昨日は亡くなった娘の誕生日です。

そして、昨日、娘のことを書いた詩(桜)が載った詩集が出来上がって届きました。

今日でもなく、明日でもなく、昨日届いた偶然をなんと言ったらいいのでしょうか。

表紙を開けたら一番最初に私の名前と詩が載っていました。

嬉しいのと感動とで涙がこぼれました。

f0061402_0053.jpg「桜」

嫌だ
なんと言われても嫌だ

三度も手術をした娘の体に
またメスを入れるというのか

癌の舌を切り取っても
まだ足りないと言うのか
目玉まで取り出すと言うのか

嫌だ
なんと言われても嫌だ

娘の亡骸の前で
くしゃくしゃに握り締めたアイバンク登録書

「おまえは自分の気持ちを大事にするのか
菜穂の気持ちを大事にするのか
これはあの娘の遺志なんだぞ」


桜が大好きな娘だった
桜が満開になるのを
あんなにも待ち焦がれていた


菜穂子よ
今日はどこかで
誰かの目の中で
おまえの角膜は
この満開の桜を見ていることだろう

あの時
お父さんの言葉で
角膜を残してよかった

誰かの目の中で
おまえの角膜は生きている

ほら
満開の桜が見えるかい
あんなにも見たがっていた桜だよ

あとからあとから
薄紅色の花びらが落ちてくる
お堀の水面を花びらが埋め尽くす

もし人ごみの中から
お母さんを見つけたら
瞳をピカッと光らせなさい

必ず必ず合図を送りなさい
きっときっと知らせなさい

風が吹いている
花びらが舞い上がる
花びらが舞い落ちる

私はむせかえるほどの桜吹雪に包まれて
立ち尽くしている

「桜 その2」

ねえ、あなた
あの子の桜が咲きましたよ

まだこんなにも小さな苗木だと言うのに
植えたばかりの小さな苗木だというのに

ほら ほら
根元に二輪の小さな白い花

あの子らしいですね
桜の季節まで1ヶ月もあるというのに
相馬で一番早い花を
咲かせるなんて

あの子らしいですね
もう14日も咲いていますよ
こんなにも散らずに
咲き続けるなんて

かぐや姫のような子でしたね
お月様から預かって
26年の間
大事に 大事に 育てて
またお月様に
お返ししたのでしょうか

あの子の大好きな桜を
庭に植えたのは
あれは
お友達ではなく
お友達の姿を借りた
あの子でしたね

ほら
桜を見ていると
あの子の声が
聞こえてきますよ

もう
私たちも
少しづつ 少しづつ
悲しみを
思い出に
書き直していきましょうか

ねえ、あなた
今夜は満月

まん丸なお月様の下で
あの子の桜のそばで
夫婦二人で
お花見をしませんか

by asahikanokami | 2006-03-02 00:00 | 亡くなった娘の話