元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2011年 04月 ( 14 )   > この月の画像一覧


おむすび

この日は新地町のほとんどの方が、学校や体育館や役場などに避難しました。

ライフラインは全滅、続く余震に怯えて一夜を明かしたのです。

緊急のことだったし、予想以上の人数が避難したので、その夜に配られたのは二人に毛布一枚と乾パンの缶詰一個でした。

年配者は乾パンの夕食など喉を通るはずもありません。

その時に大活躍したのがコンビニで買い占めてきたおむすびでした。

驚くことに、まるで人数を数えて買って来たみたいに、一個の過不足もなく、全員に一個ずつ渡すことが出来たのでした。

たった一個のおむすびでしたが、皆さんが笑顔になり、こちらが恐縮するほど喜んでもらえて、とても嬉かったです。

by asahikanokami | 2011-04-04 10:05 | 避難生活

しあわせ

津波が収まって来たので、町役場の三階が急きょ避難所になりました。

机や椅子が廊下に出され、各会議室に30人ぐらいづつ入りました。

誰もが無言で青白い顔でぺたりと床に座っています。
小学生、中学生はそれぞれの学校で無事なので迎えに来てほしいと館内放送があると、どっと歓声が上がり、本の少しだけ場が和みました。

「○○はいませんか?」
ひっきりなしに家族の所在を探す人が訪ねてきます。

息子の携帯にはまだ繋がりません。

必死になって掛けてもどうしても繋がりません。右手の親指の付け根は、すでに腫れています。左手に持ち替えてなん百回打ったことでしょう。

奇跡的に繋がったのです!

「もしもし、もしもし」

返事がありません。

「もしもし!正嗣!正嗣!!」
周りの迷惑などすっかり忘れて大声で怒鳴りました。
その時、電話の向こうから嗚咽が聞こえ
「お...かあ....さん....生きてた....死んだかと思った....」

息子が泣いていました。私もとりあえず息子の無事が確認できて全身の力が抜けていくようでした。

息子は六号線が寸断されて通れなかったので、山側の道を迂回して中学校まで到着したそうです。
中学校も避難所になっていたので、そこにいるうちに、入ってくる情報は
「釣師や大戸は全滅だ」
「多くの行方不明が出ている」
などと聞いて、両親は死んだと覚悟したらしいのです。

これから先、朝日館を閉めるのにはどうすればいいのか、一人で生きていくのにはどうすればいいのか、どん底に引きずり込まれた気がしたそうです。

中学校から役場に移動してきた息子の顔を見たときには、三人とも涙でぐしゃぐしゃでした。

その夜は、配られた毛布にくるまって余震が続く中、役場の三階の会議室でまんじりともせずに一晩を明かしました。

親子三人、毛布にくるまって方寄せていたら、とても不思議な気持ちになったのです。

なんというしあわせでしょう。
親子三人生きている。これ以上の幸せがあるでしょうか。

何もなくなった。きれいさっぱりとすべて流されてしまった。


だけど、三人の命、これ以上の望みはありません。
流されたものすべてが惜しいけれど、でもすべての物はきっぱりと諦めることが出来ます。

もし、息子の身に万が一のことがあったらと思うと、背筋が寒くなります。

生きていてよかった。

そう思った瞬間、なんとも言えない幸せな気持ちになり、その幸福感は、今でも続いているのです。 

by asahikanokami | 2011-04-04 09:49 | 避難生活

おら家のが.........ひろみが.........

呆然と立っていると
「声がする。誰かあそこにいる!!」
ばらばらと数人が走って行きました。

しばらくして、顔面蒼白でずぶ濡れの男性が両脇を抱えられて運ばれて来ました。
生きているのか死んでいるのかわかりません。

「濡れた服を脱がせろ」
「体をくるむシ-ツかバスタオルがないか?」
「風呂沸かせ。ぬるい湯から入れろよ。熱い湯にいれるとショック死するぞ」

彼は一命をとりとめた。

次に私が彼を見たのはその日の夕方、役場の中でした。

まるで切られ与三のように、手も顔も無数の傷で
「助けてけろ。おら家のとひろみがまだ中にいる!助けてけろ」

踏切でダンプに挟まれ動かない車を乗り捨て、夫婦と隣のひろみちゃんと三人手を繋いで走ったそうです。

しかし、あっという間に津波に流され、気がついたら三人で何かに掴まっていました。
「良かったな。助かったな」
そう言って手を放した時に、津波の第二波が襲いました。

波の底まで引きずり込まれ、必死にもがきながら流され、手にさわったガードレールにしがみついていたところを救助されました。

「俺が手を放したから........おら家のとひろみを捜してけろ。頼むから」

泣きながらずっと役場職員の人に訴えている彼に掛ける言葉は見つかりませんでした。

手を放したから奥さんとひろみちゃんが行方不明になったわけではないのに、ずっとずっと、自分を責めて泣いていた彼。

これから、ずっと自分を責めていきていくのでしょうか。

娘と同級生でいつもにこにこしていて、優しかったひろみちゃんは、小さな娘さんを遺して天国にいってしまいました。

ひろみちゃんのご遺体は見つかったけれど、彼の奥さんは不明のままです。

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by asahikanokami | 2011-04-01 09:35 | 避難生活

悪夢........

「津波だぁ」

大勢の人が走って逃げて来ます。
「逃げろ!」
まるで大きな壁のような波が、あっという間に町を飲み込んでいきます。

ゆっくりと濁流に飲み込まれて、いとも簡単に家が壊れ、車が流されて行きます。

まるで映画でも見ているようで、これが現実だと思えません。

濁流は一度止まり、二度目の濁流は役場の駐車場まで到達しました。

どのぐらいの時間だったのでしょう。津波が押し寄せすべてを破壊し尽くしたのですから、きっと大きな音がしたと思うのですが、私の記憶は、まるで無声映画を観ているように無音で、津波が建物にぶつかるたびに上がる水柱と、崩れていく家の映像だけです。

もし、あの時、役場の駐車場に車を入れていたら、流されないまでも、水を被ったことでしょう。

そしてさらに、後日知ったのは、息子を迎えに走った六号線も津波の被害を受け、走っていた車が多数流され、多くの犠牲者が出たということ。

いろいろな幸運と、大いなるものに守られて、私たち夫婦はこうして元気でいることが出来ます。
ありがたくて、ありがたくて、手を合わせて暮らしています。

by asahikanokami | 2011-04-01 08:28 | 避難生活