元朝日館の女将のてんてこ舞日記


東日本大震災で被災した小さな旅館の女将の日々
by asahikanokami
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<   2018年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧


釣師地区ジオラマの作成

新地町農村環境改善センターで、震災前の釣師地区のジオラマの制作をしているというので見学に行ってきました。
釣師地区というのは、私たちが住んでいた地域です。
空撮した写真から建物の立体データを取り出し、3Dプリンターで作り上げていくのだそうです。
技術の進歩はすごいですね。
アナログ人間の私には、何度説明を聞いても理解できません。

「朝日館も出来てるよ」
と言われて、街並みを覗いてみたらありました、朝日館。
本館も宿泊棟も大広間も。物置まで再現されていました。
そして釣師の街並み。
お隣もご近所もそっくりそのまま復元されています。
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途端に何かがこみ上げてきました。
涙が止まらなくなりました。
嬉しい涙でもなく、懐かしい涙でもなく、悲しい涙でもなく、悔しい涙でもなく、何と言ったら良いのでしょう。
強いて言えば、そのすべてが混じり合ったような、自分でも不可解な涙です。

ここで生活をしていた。
多くのお客様に支えられて、女将をしていた。
女将の仕事は、楽しくて私の性にあっていた。
リピーターのお客様が多かったので、お客様と言うよりも親類の人みたいだった。
ほんとうに良いお客様に恵まれていた。
釣師港に上がった魚は、日本一おいしかった。
毎日、お客様のお膳のおこぼれが食べられて幸せだった。
娘の病気と死。それも含めて私の大事な人生の場だった。ここで過ごしたことが、宝物だ。
次々と頭に浮かんできて、一瞬で消滅したこの町がとても愛おしく思えた。
ちょっと涙ぐみながら、しんみりと街並みを眺めた。

「あのなぁ、ほら、ここにあったべ?知らねが?(知らないか?)」
静かな大会議室で、大声ではしゃいでいるのは、もちろん、あの人です。
「昔は、砂鉄を取っていたんだぞ。塩田もあった。知ってるべ?」
若い町職員をつかまえて、昔の事を聞いています。
あなたは、74歳です。
あなたが子供の頃と言ったら、70年も前のことです。
30代の若い職員の人が知っているはずないでしょ!
ほら、困った顔をしてますよ。

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一緒に行こうと誘ったのが、ご近所の佐々木さんで良かった。
 佐々木さんは、釣師生まれなので昔のことをよく知っていて、おっとっとの話し相手になってくれ
 ました。
 おっとっとは、しんみりと思い出に浸るような場所には、向いていないのだと改めて再確認です。  


1月9日から14日まで、ここで樹木や砂浜などを作って完成させるのだそうです。
復興推進課の皆さんが、一生懸命に作っていました。
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無くなった街並みを再現し残すことで、新地町の震災のことが後世に伝わります。
地震の時は、まず、なにをさておいても避難すること。
そのことを未来に伝承していきたいです。伝承こそ、最大の防災です。

 


家に帰ってきたら、暮に活けた白梅が、玄関の棚の上でほころんでいました。
春遠からじ。
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by asahikanokami | 2018-01-10 20:44 | 新地町の人々

明けましておめでとうございます

長いこと休載していたブログですが、再開することにしました。
三日坊主にならないようにしないと!

「わぁっ!寝坊した!!」
初日の出の撮影に出かける予定だったのに、目を覚ました時間は、6時50分。
なんと、日の出予定時間だったのです。
寝ぼけているとおっとっとを起こして釣師浜に急ぎました。
すでに初日は昇り始めていて、すっかり顔を出しています。
浜に急ぐ私たちの車とすれ違うのは、初日を拝んで帰り道のクルマ。
運転しているのがほとんど顔なじみの人で、寝坊したのがバレバレと見えて、みんな笑って手を振ってすれ違います。
元旦からかっこ悪いなぁ・・・・・。
それでも良いこともありました。
みんなが帰った後なので、駐車場がすいていてどこにでも止めることができました。

まずは、初日を拝んで撮影開始。
風もなく、快晴でとても良いf0061402_11512075.jpg

元日です。

浜辺ではたき火がたかれていました。
まだ残っている人たちが、思い思いにたき火を囲んで談笑をしています。f0061402_11560815.jpg

ここには、仮の慰霊碑があります。
毎月全国から集まってビーチクリーンをしてくださっているリバイバルFの皆さんが作ってくださいました。
新地町には、手を合わせる慰霊碑がまだ無いのです。
せめて、ここで手を合わせてほしいと、流木などで作ってくれました。
その慰霊碑も間もなく7年がたち、だいぶ痛んできています。
慰霊碑に手を合わせて、テントを張って温かい飲み物をサービスしてくれているリバイバルFの皆さんの所に向かいました。f0061402_11554814.jpg

途中に復興フラッグが建っていました。
これの話を書くと長くなるので割愛しますが、復興を願ってずっと掲げてくれているリバイバルFの皆さんの思いが詰まった旗です。
テントで、アツアツの玉蒟蒻とホッカホカの飲み物を頂き、冷えた体が温まり嬉しかったです。




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そして、今年最初の私たち夫婦のツーショットです!
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釣師漁港に戻って安波津野神社に初詣。
風がないのに波が荒くて、堤防を越してくるのを見た瞬間に、体がこわばりました。
あの日がよみがえります。
時々、ちょっとした瞬間に、あの日がフラッシュバックします。

でもね、と思い直しました。
あの日があったからこそ多くの人との出会いがありました。
そう思うと、たとえ辛い思い出であっても、それもすべて私の大切な人生です。
誰のものでもない、大事な私の宝物の体験です。

何はともあれ、こうして夫婦で元気に2018年の第一歩を踏み出すことができたのは、幸せという事です。

さて、いつまで続くかわからないブログですが、まずは、2018年の第一回目です。
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by asahikanokami | 2018-01-01 12:32 | 新地町の人々